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TORENDIA

錢形平次捕物控

本文約12,800字 ・ 読了時間 約26分

あらすじ(AIが作成しました)

江戸の銭形平次は、商家の娘・お喜代に執着する没落した元大店の一人息子・宗次郎をめぐる騒動を耳にする。娘を隠した根岸の寮で起きた主人の殺害事件に対し、現場に残された不自然な足跡や血痕の矛盾を平次が鋭く見抜く。緻密な推理で犯人を追い詰める過程を描き、当時の複雑な人間模様と事件の真相を明らかにする捕物控である。

野村胡堂

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一

「親分、世の中には變な野郎があるもんですね」

八五郎は彌造を二つ拵へたまゝ、フラリと庭へ入つて來ました。

朝のうちから眞珠色の霞がこめて、トロトロと眠くなる四月のある日。

「顎で木戸を開ける野郎だつて、隨分尋常ぢやないぜ」

平次は相變らず貧乏臭い植木の世話を燒き乍ら、氣のない顏を擧げるのでした。

「顎で木戸は開きませんよ」

狹い庭一杯の春の陽の中に、八五郎はキヨトンと立ち竦みます。

「でつかい彌造を二つ拵へて、顎でも使はなきや、木戸の棧を動かせるわけはないぜ」

「膝と肩を使つて開きますよ。錢形の親分の城廓と來た日にや、懷手をしたまゝ、何處からでも入れる」

「氣味の惡い野郎だな、――尤も何が入つて來たところで、盜られる物は何んにもないから安心さ」

「相變らず清々した話で」

「ところで、變な野郎が何處に居るんだ」

八五郎はどうやら妙なものを嗅ぎ出して來たらしいので、平次は手洗鉢でザツと手を洗つて、縁側に八五郎と押し並んだまゝ、煙草盆を引寄せました。

「へツ、その、滅法女の子に惚れた話なんですがね」

八五郎は平掌で頬を叩いて、ペロリと舌を出すのです。

「お前が?」

「あつしぢやありませんよ。あつしなら朝のうちに惚れても、夕方は大概忘れてしまひますがね」

「薄情な野郎だな」

「その代り命にも身上にも別状はありませんよ」

「お前が別状のあるほどの身上を持つたことがあるのか」

「まア、物の譬へで、――その女の子に惚れた野郎といふのは、――日本橋の呉服町に井筒屋といふ老舖の太物屋のあることは親分も御存じですね」

「知つてゐるとも、三軒井筒屋の一軒だらう」

「主人は三郎兵衞と言つて五十そこ/\。内儀が二三年前に亡くなつて、一人娘のお喜代といふのは十八。こいつは滅法可愛らしい」

「お前に言はせると、十七八の娘は皆んな可愛らしいから妙さ」

「お喜代ばかりは、その中でもピカピカしてゐますよ。色白で公卿眉で、睫毛が長くて、眼が大きくて、鼻の下が短かくて、心持受け口で――へツ」

「變な聲を出すなよ、八」

「町内だけでも、深草の少將が六七人、毎晩井筒屋のあたりをウロウロするんで氣味が惡くて叶はねえ」

「お前もその六七人のうちの一人ぢやないのか」

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