錢形平次捕物控
本文約13,500字 ・ 読了時間 約28分
あらすじ(AIが作成しました)
錢形の平次は、ある女から子分の八五郎へ託された結び文をきっかけに、過去に起きた六千両盗難事件の謎に挑む。八五郎が突き飛ばされ懐を搜される不可解な襲撃事件や、お吉と名乗る女の変死、近江屋主人の毒殺などが次々と発生する。平次は賽銭箱に隠された金と、鍵の寸法図をめぐる複雑な人間関係を読み解き、事件の背後に潜むかつての盗賊仲間の存在を突き止める。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
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一
「八、目黒の兼吉親分が來て居なさるさうだ。ちよいと挨拶をして來るから、これで勘定を拂つて置いてくれ」
錢形の平次は、子分の八五郎に紙入を預けて、其儘向うの離屋へ行つて了ひました。
目黒の栗飯屋、時分時で、不動樣詣りの客が相當立て混んで居ります。
「姐さん、勘定だよ。何? 百二十文。酒が一本付いてゐるぜ、それも承知か。廉いや、これや」
ガラツ八は自分の懷見たいな顏をして、鷹揚に勘定をすると、若干か心付けを置いて、さて妻楊枝を取上げました。
ぬるい茶が一杯。
景色を見るんだつて、資本をかけると何となく心持が違ひます。
「ちよいと、伺ひますが、あの錢形の親分さんは?」
優しい聲、耳に近々と囁くやうに訊かれて、ガラツ八は振り返りました。二十前後の大店の若女房と言つた女が、少し顏を赧らめて、尋常に小腰を屈めるのでした。
「親分は向うへ行つてるが、何んだい、用事てえのは?」
「あの、錢形の親分さんのところの、八五郎さんと言ふのはあなたで――」
「よく知つて居るな、八五郎は俺だ」
「確かに八五郎親分さんで――」
「八五郎親分てえほどの貫祿[#「貫祿」は底本では「貫録」]ぢやねえが、錢形の親分のところに居る八五郎なら俺に違ひねえ。本人が言ふんだから、これほど確かなことはあるまい」
ガラツ八は古風な洒落を言つて、長んがい顎を撫でました。
「それぢやこれを、そつと錢形の親分さんへお手渡し下さいませんか」
八五郎に握らせたのは、半紙半枚ほどの小さく疊んだ結び文。
「あツ、待ちねえ。親分と來た日には江戸一番の堅造だ。こんなもの取次ぐと、俺は毆り倒されるぜ」
追つかける八五郎の手をスルリと拔けて、女は店口から往來の人混みの中へ、大きな蝶々のやうに身を隱して了ひました。
「冗談ぢやねえ、岡つ引へ附け文する奴もねえもんだ。これだから當節の女は嫌ひさ」
ガラツ八はでつかい舌鼓を一つ、四方を見廻しましたが、さて、その結び文を捨てる場所もありません
「まゝよ、何うとも勝手になれ」