錢形平次捕物控
本文約12,700字 ・ 読了時間 約26分
あらすじ(AIが作成しました)
江戸郊外の巣鴨で、人肌に暖まり通貨を貴金属に変える奇跡を起こす石地蔵の噂が広まる。この騒動の背後には、強欲な長者に財産と姪のお梅を奪われた甥の秀吉による、復讐と救出のための計画が隠されていた。捕物の名人が人肌地蔵の正体や屋敷内の異変から真相を解き明かし、秀吉とお梅の境遇を知った平次は、彼らの窮状を汲んで密かに見逃すことでこの奇妙な事件を解決へと導く。
リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。
💰 この本を応援する(投げ銭)
一
かねやす迄を江戸のうちと言つた時代、巣鴨や大塚はそれから又一里も先の田舍で、田も畑も、武藏野の儘の木立も藪もあつた頃のことです。
庚申塚から少し手前、黒木長者の嚴めしい土塀の外に、五六本の雜木が繁つて、その中に、一基の地藏尊、鼻も耳も缺け乍ら、慈眼を垂れた、まことに目出度き相好の佛樣が祀られて居りました。
尤も、板橋街道の直ぐ傍で、淋しいと言つても、半町先には町並らしいものがあり、黒木長者に出入する商人やら里人やら、この地藏尊の側を通して貰はなければなりません。が、何分にも、時代も素姓も知れぬ濡れ佛で、折々の齋を獻ずる者はおろか、涎掛けの寄進に付く者もないといふ哀れな有樣だつたのです。
それが、何時から始まつた事か、冷たい筈の石地藏の肌が人間のやうに生温かくなつて居ることが發見されました。最初は多分、其邊で鬼ごつこでもして居る、里の子供達が氣が付いたのでせう。何時の間にやらそれが、大人の口に傳はつて、巣鴨、大塚、駒込界隈一圓の大評判になつて了ひました。
「地藏樣の肌が暖かい! そんな馬鹿なことがあるものか、石で彫んだ鼻つ缺けの地藏だ。大方陽が當つて暖まるんだらう」
そんな事を言つて、一向取り合はない人達もありましたが、
「いやに利いた風な事を言ふぢやないか、嘘だと思ふなら行つて觸つて見るがいゝ。まだ陽の當らねえ朝の内ほど温かで陽が高くなると、段々冷たくなるんだ。これは地藏樣が、夜のうちだけこちとらと同じやうに、床の中へ入んなさるからだと言ふぜ、罰が當ることを言ふものぢやねえ」
斯う言はれると、この時代の迷信深い人達は、返す言葉もなかつたのです。
畑の中の石の地藏樣が、人肌に暖まると言ふのは、隨分變つた奇蹟ですが、その上、誰が試みたかわかりませんが、この地藏の臺石の上へ上げて置いた、穴の明いた青錢が、翌る朝行つて見ると、一分金に變つて居たといふ噂が傳はつたのです。
地藏樣の臺石の上で、一夜のうちに寛永通寶が、ピカ/\する一分金になる――そんなことは、今の人では信じ兼ねるでせうが、その頃の人は、極めて素朴に、暢氣に、この奇蹟を受け容れて了ひました。