本文へ移動
TORENDIA

錢形平次捕物控

本文約15,700字 ・ 読了時間 約32分

あらすじ(AIが作成しました)

江戸の捕物名人・銭形平次は、子分の八五郎と共に四谷伊賀町で起きた不可解な連続殺人の調査に乗り出す。三千石の旗本が、遠眼鏡を通じて見た小間物屋の娘お君に執着し、大金を投じて理不尽な圧迫を加えていた背景が浮かび上がる。二人の命が奪われた痛ましい事件に対し、平次は独自の鋭い洞察で真相を解き明かし、隠された犯人とその動機を突き止める。

野村胡堂

🎧 まだ音声版はありません

リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 19

一

「へツへツ、へツ、へツ、近頃は暇で/\困りやしませんか、親分」

「馬鹿だなア、人の面を見て、いきなりタガが外れたやうに笑ひ出しやがつて」

江戸の名物男――捕物の名人錢形平次と、その子分の八五郎は、どんな緊張した場面にも、こんな調子で話を運んで行くのでした。

「でも、錢形の親分ともあらう者が、日向にとぐろを卷いて、煙草の煙を輪に吹く藝當に浮身をやつすなんざ天下泰平ぢやありませんか。まるで江戸中の惡者が種切れになつたやうなもので、へツ、へツ」

「粉煙草が一とつまみしか殘つてゐないのだよ。藝當でもやらなきや、煙が身につかねえ」

「煙草の煙を噛みしめるのは新手ですね。尤もあつしなんかは、猫が水を呑む時のやうに、酒を甞めて呑むてを考げえた。一合あると請合ひ一刻は樂しめますぜ」

親分も貧乏なら、子分も貧乏でした。八丁堀の旦那方を始め、江戸の岡つ引の大部分が、付け屆けと役得で、要領よく贅澤に暮してゐる中に、平次と八五郎は江戸中の惡者を顫へ上がらせながらも、相變らず潔癖で呑氣で、その日/\を洒落のめしながら暮してゐるのです。

「呆れた野郎だ、そんなことをしたら呑む下から醒めるだらう。それより鼻の穴から呑んで見ねえ、飛んだ利きが良いぜ」

「ところで、そんなに暇なら、少し遠出をして見ちやどうです」

八五郎は話題を變へました。相變らず事件の匂いを嗅ぎ出して、平次を誘ひに來た樣子です。

「どこだえ。正燈寺の紅葉には遲いし、觀音樣の歳の市には早いが――」

「いやに鬼門の方ばかり氣にしますね――、實は四谷伊賀町に不思議な殺しがあつたさうで、辨慶の小助親分が、錢形の親分を連れて來るやうにと、使ひの者をよこしましたよ」

「四谷伊賀町なら裏鬼門だ。が、赤い襠とは縁がないな」

「その代り殺されたのは、山の手一番の色娘に、もとを洗へば品川で勤めをしてゐたといふ、凄い年増ですよ。曲者は綺麗なところを二人、蟲のやうに殺して、かうスーツと消えた――」

八五郎の話には身振りが入ります。

「お前に言はせると、殺された女は皆んな綺麗で、無事に生きてゐる女は皆んなお多福だ、――先ア歩きながら話を聽かうよ」

野村胡堂の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本