錢形平次捕物控
本文約10,900字 ・ 読了時間 約22分
あらすじ(AIが作成しました)
根岸の隠殿裏で起きた市太郎殺害事件をめぐり、銭形平次が真相を解き明かす。事件後、屋敷の下女・お菊が毎日浅草の観音様で神籤を引き、粂の平内堂の格子に結びつけるという不可解な行動を繰り返す。平次は子分の八五郎にこの様子を見張らせ、事の経緯を追う。やがて、事件が単純な曲者の侵入ではなく、屋敷内の複雑な事情に深く関わっていることを見抜き、関係者の思惑と隠された真実を浮かび上がらせていく。
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一
「親分、變なことがありますよ」
八五郎のガラツ八が、長んがい顏を糸瓜棚の下から覗かせた時、錢形の平次は縁側の柱にもたれて、粉煙草をせゝり乍ら、赤蜻蛉の行方を眺めて居りました。この上もなくのんびりした秋のある日の夕刻です。
「びつくりさせるぢやないか、俺は糸瓜が物を言つたのかと思つたよ」
「冗談でせう。糸瓜が髷を結つて、意氣な袷を着るものですか」
ガラツ八はその所謂意氣な袷の衣紋を直して、ちよいと結ひ立ての髷節に觸つて見るのでした。
「だから、變なんだよ。糸瓜が髷を結つたり、意氣な袷を着たり――」
「まぜつ返しちやいけません」
平次とガラツ八は、相變らずこんな調子で話を運ぶのでした。
「ぢや、何が變なんだ、其處で申上げな」
「その前に煙草を一服」
「世話の燒ける野郎だ」
平次は煙草盆を押しやります。
「恐ろしい粉だ。埃だか煙草だか、嗅いで見なきや解らない」
「贅澤を言ふな」
「相變らずですね、親分」
ガラツ八は妙にしんみりしました。江戸開府以來と言はれた名御用聞の錢形平次が、その清廉さの故に、何時まで經つてもこの貧乏から拔け切れないのが、平次信仰で一パイになつて居るガラツ八には、不思議で腹立たしくてたまらなかつたのです。
「大きなお世話だ。粉煙草は俺が物好きで呑むんだよ。――それよりもその變な話といふのは何んだ」
「根岸の御隱殿裏の市太郎殺しの後日物語があるんで――」
「下手人でも判つたのか」
「あればかりは三輪の親分が一と月越し血眼で搜してゐるが判りませんよ」
「ぢや、何が變なんだ」
「親分に言はれて、此間から氣をつけてゐると、あの家の下女――お菊といふ十八九の可愛らしい娘が、毎日淺草の觀音樣へお詣りをするぢやありませんか」
「信心に不思議はあるまい。日參をして岡つ引に睨まれた日にや、江戸に怪しくない人間は幾人もゐないことになるぜ」
「それが變なんで」
「娘が綺麗過ぎるんだらう」
「その綺麗過ぎる娘が、觀音樣にお詣りをするだけなら構はないが、必ず御神籤を引くのはどうしたわけでせう」
「毎日か」
「一日も缺かしません。その上、引いたお神籤を八つに疊んで、仁王門外の粂の平内樣の格子に結はへる」
「毎日同じことをやるのか」