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TORENDIA

軽井沢にて

本文約6,500字 ・ 読了時間 約14分

あらすじ(AIが作成しました)

軽井沢に滞在する著者が、清澄な空気の中でヒマラヤやスコットランドの高原を空想し、思索を巡らせる。避暑地の国際的な雑踏や若者の異国趣味を冷ややかに観察しつつ、日々の散策で得られる静寂を楽しむ。また、英文に翻訳された『源氏物語』を読み耽り、作中の登場人物が抱く恋心や死生観を、この世のものとは思えぬ美しさとして描き出し、現実の薄汚い世界とは対照的な白昼夢の魅力を綴る随筆である。

正宗白鳥

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長谷川伝次郎氏の『ヒマラヤの旅』には、二万尺以上の霊峰を跋渉した時の壮快な印象が記されている。古来、現世の罪や穢れを洗い清めるために参詣すべき聖地として印度人に憧憬されていたカイラースの湖畔などは、この世のものとは思われないそうである。そこは、一本の樹木もない茫々たる土塊のなかの水溜であるに関わらず、ただ空気が清澄であるために、天国のような光景を呈しているのだそうである。私にも、その光景が微かに空想されないことはない。海抜三千尺に過ぎない軽井沢にいてさえ、快く晴れた朝など、ふと、下界に居る時とは生き心地の異った恍惚境にいるような感じに打たれることがある。二万尺の高原と云えば、軽井沢の七倍の高さである。この世のものとは思われないのは当り前である。「この世のものとは思われない」ところに自分の身を置いている気持、そういう境地にいては、生きていてもよく、また死んでもいいような気持。……長谷川氏などのようなカイラース巡礼者が、口にも筆にも現わし得ない讃美の感じが、私の心にも微かに伝えられそうに思われる。

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