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TORENDIA

輕井澤より

本文約1,300字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

軽井沢で孤独な生活を送る著者が、知人である小川未明へ宛てた書簡を綴る。周囲の友人が次々と亡くなるなかで、著者は死や人間の生について思いを巡らせる。日光の中の蠅に喩えられる人間の儚さや、読書を通じた思索、季節の移ろいを感じる山での日々など、日常の些細な光景と死生観が語られる。古今の文学に触れても拭い去れない空虚感や、虹を見て抱く複雑な心境を交え、静かな高原の滞在記と内省的な思考を綴る一編である。

正宗白鳥

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🎧 輕井澤より / 朗読音声: VOICEVOX:もち子さん

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小川未明君へ。

先日のある新聞で、二兒を左右に伴つた君の勇ましい寫眞を拜見しました。それからその下に掲げられた君の談話の中に、「少しでもいゝ空氣を子供に吸はせたいために朝早く雨戸を開けてやる。」と云つてゐられるのを讀んで、君の側で君の話を聞いてゐるやうな氣がしました。そして、此方の清涼な空氣を君の天神町の二階まで輸送して上げたいと思ひました。(大阪のある富豪が六甲山の空氣を自分の部屋へ水道の鐵管のやうなもので呼ばうとしたといふ夢のやうな話を上司君から聞いたことを思ひ出したのです。)

この頃の僕は眞の孤獨の生活をしてゐます。終日一語をも發せずして日を暮すことがあります。一字を書かず一語を發せず新聞以外に何も讀むことさへしないで一日を過ごすこともあるのです。

頭腦をも絶對に休めてゐようと思つてゐるのだが、しかし、生きてゐる限りは何かかにか、心に浮んで仕方がない。眠つてゐても無用な夢を見ることの多い僕は、醒めてゐる間は尚更、考へなくてもいい事を考へていけないのです。

蠅叩きを片手に持つて、煩く手足に觸れる蠅を叩き潰し或ひは追ひ拂ひながら、「人間の幸福は日光の中に舞つてゐる蠅のやうなものだ。」といつたある歐洲文學者の言葉に感歎したり(之れは先日讀んだ谷崎精二君の小説の中で學んだ言葉)蟲の音が繁くなつて庭前に女郎花が盛んに咲いたのを見聞きしながら何時の間に高原が秋になりかけたのかと、時節の移りかはりに感動したりする。

岩野泡鳴氏が死んだかと思ふと間もなく先日中澤臨川君が死んだといふ知らせによつて、僕はまた驚かされました。中澤君も近來頻りに感傷的な事を書いてゐましたが、あれも病氣のせゐだつたのかも知れません。中澤君は聰明な頭腦を服つてゐた人ですが、私が知つてゐるかぎりでは、岩野氏と同じやうに、平生「死」といふやうな陰氣なことについてはあまり考へなかつたやうな快活な人だつたのです。君や僕のやうに人間や萬有の死について心を暗くするやうな無用な暇潰しをしなかつたことは岩野君と同樣だつたと思はれます。

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