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TORENDIA

入江のほとり

本文約25,300字 ・ 読了時間 約51分

あらすじ(AIが作成しました)

奈良から長兄の榮一が帰省する中、入江のほとりの家では家族が都会の電灯や旅行の話題で賑わう。しかし、辰男だけは家族の輪に加わらず、二階の自室で孤独に英語の独学に没頭し続ける。兄の帰宅後も家族の喧騒から隔絶し、自身の英文制作に執着する辰男に対し、兄弟たちは彼が将来自立できないことを憂慮し、時に苛立ちを募らせる。やがて榮一が再び村を去ると、辰男は再び静かな孤独の中へと戻っていく。

正宗白鳥

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一

長兄の榮一が奈良から出した繪葉書は三人の弟と二人の妹の手から手へ渡つた。が、勝代の外には誰れも興を寄せて見る者はなかつた。

「何處へ行つても枯野で寂しい。二三日大阪で遊んで、十日ごろに歸省するつもりだ。」と鉛筆で存在に書いてある文字を、鐵縁の近眼鏡を掛けた勝代は、目を凝らして判じ讀みしながら、

「十日と云へば明後日だ。良さんはもう一日二日延して、榮さんに會ふてから學校へ行くとえゝのに。」

「會つたつて何にもならんさ。」良吉は卒氣なく云つて、「今時分は奈良も京都も寒くつて駄目だらうな。わしが行つた時は暑くつて弱つたが、今度は花盛りに一度大和巡りをしたいな。初瀬の方から多武の峰へ廻つて、それから山越しで吉野へ出て、高野山へも登つて見たいよ。足の丈夫な間は歩けるだけ方々歩いとかなきや損だ。」

「勝は何處も見物なぞしたうない。東京へ行つても寄宿舍の内にぢつとしてゐて、休日にも外へは出まいと思ふとるの。」勝代はわざと哀れを籠めた聲音でかう云つて、先つきから一言も口を利かないで、炬燵に頬杖突いてゐる辰男に向つて、「辰さんは今年の暑中休暇にでも遠方へ旅行して來なさいな。家の者は男は皆んな東京や大阪や、名所見物をしとるし、温泉へも行つたりしとるのに、辰さんばかりは些とも旅行しとらんのぢやから、氣の毒に思はれる。自分では東京へ行つて見たいとも思はんのかな。」

「行けりや行つてもいゝけど……。」辰男は低い錆びた聲で不明瞭な返事をして、口端を舐めづつた。

「わしが東京に居る間に來りやよかつたのに。下宿屋に泊つてゝ電車で見物すりや幾らも金は入らないんだから。」

「勝と辰さんは電車を見たこともないのぢやから、兄弟中で一番時代遲れの田舍者だ。勝は岡山まで汽車に乘つてさへ頭痛がするのに、東京まで何百里も乘つたら卒倒するかも知れんから、心配でならんがな。その代り東京へ行つたら、三年でも四年でも家へは戻らんつもりだ。」

「わしの春休みの間に行くやうにすりや、連れてゝやらあ。さうしたら歸りに大和巡りも出來るし丁度都合がいゝんだよ。」

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