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TORENDIA

假面

本文約10,700字 ・ 読了時間 約22分

あらすじ(AIが作成しました)

五月の雨の降る夜、寒さと心身の乱れに苛まれる画家・馬越は、あてもなく街を彷徨い、妹の家を訪ねる。芸術上の煩悶を理解されぬ孤独や、妻との関係性に苦悩する馬越は、自身の魂の汚濁と無力感に押し潰されそうになっていた。周囲の人々との精神的な隔絶や、生活の困窮への不安が募る中、彼は日々の乞食のような生活から逃れる唯一の手段として、死への誘惑を抱きながら、やり場のない憤怒と物狂おしい感情を深めていく。

正宗白鳥

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一

五月も末になつてゐるのに、火鉢の欲しいほどの時候外れの寒さで、雨さへ終日降りつゞいた。

午過ぎから夜具を被つて横になつて、心を落着けようと努めてゐた馬越は、默してぢつとしてゐればゐるほど、頭の中の狂暴に堪へられなくなつた。其處等にある家具を片端から打壞すか、誰れかを打つか蹴るかしたなら、いくらか頭が輕くなりはしないかと思はれた。右へ轉んだり左へ寢返つたりしてゐたが、少しも睡りは催されなくつて、電燈の點くころになつた。

電球がぱつと赤くなると同時に、彼れは跳ね起きて、帽子も冠らずに、二階を下りて外へ出たが、心の荒れてゐるのとは打つて變つて、階子段を踏む足音も、障子や格子戸を開ける音も穩やかだつた。周圍を憚つてゐるやうに擧動が靜かだつた。が、傘に重たげに肩を掛けて行く先の定めなく其邊を歩き出した彼れは、電車や自動車の行き交ふ大通へ足を入れるのが自分ながら危險に思はれるくらゐに頭が亂れてゐる。ある新聞の取次店の前には、傘や蝙輻傘が押し合つて、角力の勝負札を見てゐた。さま/″\な批評も人々の口から出てゐた。

馬越もふと足を留めて、傘と傘との間から今日の勝負を見て、二つ三つ番狂はせと思はれるものを心に留めてから通り過ぎた。世間の事を考へるどころではない彼れも、嘗て見たことのある力士の顏形や、國技館の土俵の光景を念頭に浮べた。度外れに大きな體格をしてゐる力士を空想してゐると、彼等は肉體の力ばかりで確實に生きてゐるやうに見えて、馬越自身などは靈魂ばかりでふは/\と生きてゐるやうに思はれた。しかも彼れの靈魂は汚く黝ずんでゐて、艷も光もなかつた。

青々と繁つた並木の葉末には、電燈の光が雨にきら/\してゐる。冷たい風が傘の上にぱら/\と雫を落した。それ等の音も光も色も彼れは間違ひなく見聞きし得られる五官を具へてゐながら、自分の知りたいことの些とも分らないのが齒痒かつた。……死後の世界を知らうとか宇宙の外を知りたいとかいふやうな大それた願ひを、この頃の彼れは抱いてゐるのではないが、只目の前に起つてゐる事の眞の姿を明ら樣に知りたかつた。

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