金歯
本文約7,100字 ・ 読了時間 約15分
あらすじ(AIが作成しました)
困窮する母と姉弟の家庭で、絵の具を買う金に悩む画家志望の弟令二と、それを支えようとする母の姿を描く。母は自身の大切な金歯を売って絵の具代を捻出しようとするが、それは家族にとって希望と矛盾を象徴するものとなる。令二は周囲の心配や姉の厳しい言葉を受け流しながら、自らの芸術的理想を追い求めて新しい色の探求に没頭する。芸術の価値と生活の狭間で揺れつつ、家族は互いへの思いを抱きながら、冬の厳しい寒さの中で明日を生きる。
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一
「絵を描きたくたって、絵の具がないんだからな。」
あまり欠乏しているのが、なんだか自分ながら、滑稽に感じたので、令二は笑いました。
「いくらあったら、その絵の具が買えます。」
「さあ、ホワイトはなかった、それにグリーンもないと、まあ三円はいりますね。」
「もし、それくらいでいいのなら、私が、どうかして、こしらえてあげますよ。」
母親は、年のせいか、日の光が恋しいので、縁側の方に、小さな背中を向けて、答えました。
「なに、いますぐ描かなくたっていいんです。」
令二は、気の弱い母をいじめて、すまなかったと、淋しい気がしました。
そばで、一心にセーターを編んでいた、姉のさき子は、
「そんなこと口に出さなければ、いいじゃないか。」と、弟を上目でにらみました。
「描きたいから、描きたいといったのだ。」
こんどは弟が、口をとがらして姉をにらんだ。
「なんだ、そのかばのような顔は?」
「なんだ、乾しいわしのような目をして。」
二人が、言い争うと、母は、
「もう、けんかはよしておくれ、明日にでもお金をこしらえてきて絵の具を買ってあげますから。」といいました。
「お母さん、令二にそんなお金をおやりなさるなら、私にも毛糸を買ってちょうだいよ。」
「おまえたちは、お母さんに、どうしてそんなお金があると思えるの。」
「お母さん、僕はいりませんよ。なに、デッサンさえ、やっていれば、金なんか、かかりませんから。」
「私、とれた金歯を売ってこようかと思っているのです。新聞の広告を見ると、金ならなんでも高く買うと書いてありますから。」
これを聞くと、二人は、さすがにひどく打たれたように顔を見合ったが、さき子は、そのまま下を向いて、編み物の棒を動かしていました。独り、令二が、
「お母さん、そんなことをせんで、歯医者へいって、とれたのをつけてもらっていらっしゃいよ。」といいました。