あるところに、母と子と二人が貧しい暮らしをしていました。少年の名を幸三といいました。彼は、子供ながらに働いて、わずかに得た金で年老った母を養っているのでありました。
彼は、朝は、早く勤めに出かけて、午後は、晩方おそくまで働いて、帰りには、どんなに母が待っていなさるだろうと思って、急いでくるのをつねとしていました。
わざわいは、けっして、家を撰び、その人を撰ぶものではありません。母親は、病気にかかって、いままでのごとく、かいがいしく出かけてゆく我が子を見送り、また、晩方は、夕飯の仕度をして待つということができなくなりました。そして、母は、床についたのでありました。
幸三は、どんなに心配したでありましょう。小さいときから、まごころのかぎりをつくして育ててもらった、なつかしい母を思い出して悲しまずにはいられませんでした。彼は、どうかして、はやく、母の病気をなおしたいと願いました。会社にいて働いている間も、たえず心は、家へひかれました。そして、社が退けると走るようにして帰り、母のそばにいったのであります。
少年の思いは、とどかずにはやみませんでした。一時重かった、母の病気もおいおいにいいほうへと向かいましたけれど、衰弱しきったものはもとのごとく元気になるには、手間がとれたのであります。
幸三のもらっている給金だけでは、思うように手当てもできなかったのです。彼は、それを考えると、悲しくなりました。
「自分は、どんなに、つらい働きをしてもいいから、どうかして、お母さんをはやくなおしてあげたいものだ。」と思いました。
ある日の、もはや暮れ方のことであります。途すがら、少年は、暗い思いにふけって歩いてきました。
そこは、つねに、車や、人の通りのはげしいところでした。空は、雲っていて、下の水の上には、荷を積んだ、幾そうかの船が、黒い影を乱していました。そして、雑沓する道からは、喧騒な叫びがあがり、ほこりが舞いたっていました。その間を少年は、とぼとぼ歩いてきたのです。
彼は、橋の上にくるとしばらく、立ち止まって欄干によって、水の上をぼんやりとながめていました。