河豚
本文約3,300字 ・ 読了時間 約7分
あらすじ(AIが作成しました)
冬に東京で流行する河豚料理の食文化や、その魅力と歴史的背景を綴る随筆。長州藩における家禄没取の掟や維新の元勲たちによる普及、各地の料理法の違いを紹介する。毒の危険性に触れつつ、調理法や寄生虫についての伝聞、古くからの解毒の伝承などを詳述する。食通たちが抱く独特の執着や、ヒレ酒の記憶を通じ、毒という危険性を孕みながらも多くの人を惹きつけてやまない河豚の奥深い味わいと、その魅力を分かち合いたくなる心情を描く。
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おととしより去年、去年より今年と、一冬ごとに東京に殖えて来たものに河豚料理がある。街の灯が白くなる冬になると、河豚屋のかんばんが食通横丁に俳味を灯す。
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県令を以て、「河豚料理販売ヲ禁止ス」の県は、今でも地方にある筈である。東京にその制が解かれたのもつい近年のことだそうだ。僕が味を覚えたのは、六、七年前で、多分直木の好みであったろうと思う、われわれ達で雑誌を出そうという話があり、新橋の大竹に集ろうというので行ってみると三上、大仏、佐々木、直木などの連中が、雑誌の話などはいっこうに出ずに、箸と妓と杯に終っている。そこで、真ん中にいたのが、錦出の大皿に紫陽花のごとくならべられてある僕には初対面の河豚の肉だった。
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いやだというのに、この晩、ヒレ酒の味を僕に覚えさせたのが三上於菟吉で、飲んでみると口あたりがいい、こっぷ酒など、見ても眩いを催す僕が、うかと二、三杯やったために、この夜の帰り途、君子の過ちに似た事を起して、僕は旅の空で一年暮してしまった。決して、於菟吉のせいではない、やっぱり河豚は中たる。
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行動的の中毒り方はいろいろあろうが、食後三十分間後、すぐに死斑を顔に生じるような怖れなどは、絶無だと僕は信じるほうの組だ。河豚をこわがっている人が、自動車に乗って東京を歩くなどは以てのほかだろう。下ノ関の大吉だか春帆楼かで、頭山満翁が、卓上の料理が河豚だと聞くと、いきなり起ってそれへ小便したという話はあるが、あの頃よりは、河豚の科学はずっと進歩している。危険率も今日の都会の如くでなかったから、河豚といえど避けて通る理由があった。
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