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TORENDIA

競馬

本文約1,400字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

競馬に熱中し、負債や生活の破綻を招く人々に向けて、理性をもって遊戯と向き合う重要性を論じる。筆者は競馬場の喧騒を人生の縮図と捉え、自身の脆弱な意志や短所を自覚し、矯正するための自己反省の場として競馬の効用を説く。また、賭けに負けて家庭を壊すような事態を避けるための、遊びの枠組みを明確にする独自の金銭管理法も紹介し、健全な趣味としての娯楽のあり方を考察する一編である。

吉川英治

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🎧 競馬 / 朗読音声: VOICEVOX:雨晴はう

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競馬場がふえ、競馬ファンもふえてきた。応接間の座談として、競馬が語られる時代がきた。その中で、時々、知人のあいだにも、“楽しみを楽しまざる人”がまま多い。――競馬を苦しむ方の人である。

このあいだも、某社の、記者としても人間としても、有能な若い人だが、競馬に熱中して、社にも負債を生じ、家庭にも困らせている人があるという話が出て――僕はその若い有能な雑誌記者を惜しむのあまり、その人は知らないが、忠告のてがみを送ろうとおもって、客に、姓名まで書いておいてもらったが、やはり未知の者へ、いきなりそんな手紙をやるのもためらわれ、必ず他にも近頃は同病の士も多かろうとおもって、ここに書くことにした。

――といっても、僕自身、競馬は好きなのであるから、単に、競馬の弊を説くのではない。

しかし、楽しみを楽しむには、害をも、理性にとめていなければなるまい。

害を、強調する者は、よく、そのために産を破り、不義理をし、家庭をそこね、夜逃げまでするような例をあげて――だから有為な者が、近よるべきでないと云ったりする。

国営になっても、その社会害は、かわらないという。

その通りである。だが、私はそれだけを思わない。

あの競馬場の熱鬧は、そのままが、人生の一縮図だと、観るのである。あの渦の中で、自己の理性を失う者は、実際の社会面でも、いつか、その弱点を、出す者にちがいない。

あの馬券売場の前で、家庭を賭けたり、自分の信用や前途までを、アナ場へ、突ッこんでしまうものは、世間においても、いつか同じ心理のことをやってしまう危険性のある者にちがいない。なぜならば、その人間に、あきらかに、そうした素質があることを、あのるつぼの試練が、実証してみせるからだ。ただ、競馬場は、それを一日の短時間に示し、世間における処世では、それが長い間になされるという――時間のちがいだけしかない。

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