TRENDIA CLASSIC

新編忠臣蔵

吉川英治

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浅野内匠頭

七ツちがい

春の生理をみなぎらした川筋の満潮が、石垣の蠣の一つ一つへ、ひたひたと接吻に似た音をひそめている。鉄砲洲築地の浅野家の上屋敷は、ぐるりと川に添っていた。ゆるい一風ごとに、塀の紅梅や柳をこえて、大川口の海の香は、銀襖や絵襖などの、間毎間毎まで、いっぱいに忍びこんで来る。

すぐ塀一重、外には、櫓の音が聞えるし、大廂には、海鳥の白い糞がよく落ちたりする。

『赤穂の浜も、今頃は、さだめし汐干や船遊びに、賑うて居るであろ』

内匠頭は、脇息から、空を見ていた。いや、遠い国許の、塩焼く浜の煙を、思い出している眸であった。

二十五、六歳かと思われる上品な女性のすがたが、次の間から半分見える。夫人であろう。風呂先で囲った茶釜の前に、端麗に坐っていた。茄子色の茶帛紗に名器をのせ、やがて楚々と歩んで、内匠頭の前へ茶わんを置いた。そして彼の視線と共に、廂越しの碧い空に見入った。

『江戸では、江戸の春と、みな自慢でございますが、お国表の事をお思い遊ばすと、やはり懐しゅうて、赤穂の御本丸が、恋しゅうおなりでございましょう』

『それはもう、何んな所に、住まうよりは』

と、うなずいて、

『田舎者は、田舎がよいよ』

――隣り屋敷の小笠原隼人の奥では、今日も、大蔵流の小鼓の音がしていた。世間、能流行なのである。

流行といえば、能のみでなく、武士も町人も流行事に追われている。個人に充実がなく、人々に大きな空虚があるのだった。歌舞伎風俗だの、無頼漢の伊達が、至上のものに見えた。良家の子女まで、淫蕩な色彩をこのんだ。町に捨て児がふえ、売女の親たちが、大きな顔して、暮しが立った。旗本はおろか、勤番者ですら、吉原を知らない者はないし、湯女を相手に、江戸唄の一節ぐらいは弾く者が多い。極めて、実直なと云われる町人の中でも、鶉を飼うとか、万年青に五十金、百金の値を誇るとか、世相の浮わついていることは、元禄の今ほど、甚だしい時はないと云われていた。

(上を見習う下だ――)

と密かに、政道を嘆く者もある。

(寛永頃には、武士道も、町人道も、まだまだ、こんなには腐っていなかった)

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