新書太閤記
本文約184,100字 ・ 読了時間 約369分
あらすじ(AIが作成しました)
小牧において対峙する秀吉と家康の姿を描く。長久手の一戦で敗北を喫した秀吉は、家康の器量を熟知し、安易な攻撃を避けて機をうかがう。一方、家康も秀吉を大器と見なす。両者は戦場での直接対決を避け、千日手のような膠着状態が続く。後に太閤となった両雄は、当時の心境を回顧し合う。本稿は、天下の覇権をめぐり、互いに相手の出方を読み合う二人の将の心理的駆け引きと対照的な器量を軸に、戦国の動向を綴る。
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黒石・白石
ぜひもなく秀吉もまた、軍をかえして、楽田へひきあげた。
彼が舌を巻いて嘆じて云った――モチにも網にもかからない家康と、またふたたび、小牧において、にらみあいの対峙をつづけるほかなかった。
こうして、長久手の一戦は、池田勝入父子のあせりに大きな敗因があったにしても、秀吉にとって、重大な黒星であったことは、いなみ得ない。
だが。
こんどに限っては、終始、秀吉のほうが何となく、その序戦の前からすべてに立ち後れをとっていたのも事実である。
それは、秀吉が、戦場における家康を見て、初めて、モチにも網にもかからない男だと知ったのでなく、戦わざるうちから、家康の何者なるかを、熟知していたためだった。
いわば、達人と達人、横綱対横綱の、立ちあがりにも似ていた。
(途中の小城に目をくるるなよ。道くさすなよ)
と、あれほど、出撃のさいに秀吉が勝入へいっておいたにもかかわらず、勝入が、岩崎城の城兵から挑まれて、一もみになどと踏みつぶしにかかったことも、帰するところ、勝入の人物が、それだけの器だったというほかはない。
器――
こればかりは、生れついた量を、急に、大きくさせようとしても、どうにもならぬ。
家康も器。秀吉もひとつの器――。この対照が、このいくさを、決定する。
長久手の総くずれを聞いたとき、秀吉は、実は、しめたと、手にツバしたほどだった。家康が、かたい殻を出たので、勝入父子の討死こそ、家康を生け捕る好餌になったぞ――と思ったからであった。
ところが、敵は、火のごとく出て、風のごとく去り、去るや林のごとく、また小牧へ退いては、泰然と、前にもまさる山岳の重きを見せてうごかない。
秀吉は、脱兎を逃した感じだった。だが、かれはみずからなぐさめた。
「ちょっとした指の怪我ではあったよ」と。
たしかに、かれの兵力と物質上には、大した損害でなかったにちがいない。しかし、精神的には、家康の陣営をして、
「猿面公。いかがでおざる」
と、いわぬばかりな凱歌のほこりを揚げさせた。
いや、この黒星は、その以後の長い――秀吉と家康とのあいだにかかる交渉と、両者の心理に、生涯なんとなく、胸のうちに継続していた。
しかし、家康もまた、