TRENDIA CLASSIC

避病院

正宗白鳥

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町村の自治制が敷かれてから間もないころであつた。私の父は選ばれて村長になつた。父の性質としてかういふ煩い役務は好まなかつたのであるが、人物に乏しい僻村では他に適當な候補者が見つからないので、據所なく選ばれ據所なく承諾したのらしかつた。

名譽職だといふので、しるしだけの俸給に甘んじて、終日出勤して、五つの字の合した廣い村の面倒な事務を執つてゐた。父の一身が忙しくなつたのみならず、私の家庭に用事が多くなつて、祖母や母も困つてゐた。父の歸宅が遲くなることもあるし、屡々人を招いて酒食を饗することもあつた。

自由黨の壯士が私の村にまで來て演説會を開いた時、演説といふものはどんなものかといふ好寄心から、私は戸の外で立ち聞きしたのであつたが、その題目は郡長攻撃の次に村長攻撃であつた。近村に傳染病があるから、この秋の祭禮には神輿を出して騷いだりすることを禁ずるといふ父の方針が口汚なく攻撃されてゐた。若い漁夫どもは鼻を鳴らして悦しさうにその演説を聞いてゐた。「尤も/\。」「よう/\出來ました。」などゝ褒めてゐるものもあつた。

私は驅けて歸つて、演説の筋を話したが、父は微笑しただけで何にも云はなかつた。

「錢を出してそんな演説をして貰ふてもあかんこつちや。」と、祖母は村の者の愚かなことをぶつ/\云つてゐた。

神輿のない祭禮は淋しかつた。字によつて組をつくつてゐる若い衆連が、互ひに他に劣らぬやうに寄附金を集めて、神輿を飾つて練り廻るのは、盆の踊りにも勝つて、年中行事の第一の賑ひになつてゐたので、これを差し留められるのは、彼等が縮緬の犢鼻褌など買つて、久し振りに沖から歸つて來る時の樂みを奪はれるやうなものであつた。

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