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TORENDIA

水不足

本文約5,900字 ・ 読了時間 約12分

あらすじ(AIが作成しました)

水不足に悩む土地に住む夫婦は、震災後の井戸の枯渇により、近隣の商家や百姓家へ貰い風呂に通う生活を送る。他人の厚意に頼る不安定さや、近隣住民との複雑な人間関係に神経をすり減らす妻は、自前での入浴を模索する。一方、近隣の八百屋の主婦は、口達者ゆえのトラブルから入浴を断られ、老後の不安を吐露する。水への過敏な意識を通じて、他者と関わりながら暮らすことの困難さと、ささやかな生活の知恵が描かれる。

正宗白鳥

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🎧 水不足 / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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この土地には水が缺乏してゐる。震災後は殊にひどくなつた。地盤が動搖して水脉が狂つたのか、多くの井戸が涸れてしまつた。昔から、どんな旱魃が續いた時にも、水量の減じたことのないと云はれてゐた山ノ手の大井戸でさへ、一月十五日の二度目の大地震のためにすつかり調子を狂はせて、稍々もすると、乾枯びた底を見せるやうになつた。他所の井戸で貰ひ水の出來ない家では、夜の明けないうちから、汲みに出掛けた。

雨の少なかつた去年の冬から此年の春にかけては、下町にある四五軒の湯屋は屡々休業した。辛うじて營業を續けてゐた家でも、時間を縮めたり湯水を惜しんだりした。それで、清潔な湯に氣持よく入りたい者は、汽車に乘つて平塚まで入浴に行くやうになつた。

「冬だからまだどうにか間に合つてるが、夏場に大勢の避暑客がやつて來たらどうするだらう?」と、私は氣遣つてゐた。

私の家には井戸がなかつた。何時まで此處に住むか分らないのに、借りてゐる地所に井戸を鑿るのは馬鹿げてゐるし、ことに私の家の建つてゐるあたりは、地下が岩石なのだから、井戸の鑿賃が高い上に、鑿つても水が出るか出ないか、はつきり分らないと云はれてゐた。しかし、下が岩石で固められてゐたからこそ、あの激震に會つても家屋の崩壞を免れて、生命を全うすることが出來たので、さう思へば水の不自由なくらゐは忍んでもいゝのであつた。

「水が充分にありさへすれば、この土地もいゝんだけれど。」と、妻はつねに零してゐた。水に富んでゐる土地から來た知人にも屡々訴へた。

私だち夫婦はたまに東京へ行つて、水道の栓を捻つて、有りあまる奇麗な軟い水が涌き出るのを見ると、貧人が急に富豪になつたやうに感じて、他人には分らない有難さを覺えて、その水に親しんだ。そして、湯屋などで都人士が、湯水を濫費してゐるのを見ると、勿體ないことをすると思つたりした。

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