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TORENDIA

見て過ぎた女

本文約2,000字 ・ 読了時間 約5分

あらすじ(AIが作成しました)

早熟で恋愛に対して空想と現実の乖離に苦しんできた日比野は、かつての住居の隣家にいた女性と大磯で偶然再会する。美しい幻影を追い求めながらも、卑俗な現実に妥協するしかなかった自身の過去を振り返り、彼は色づく秋の野を歩く。本作は、理想の愛と醜い現実の間で孤独を抱え続けた男の半生と、歳月を経て変容したかつての知人との遭遇を軸に、対女性関係における男の偽らざる内面を綴る。

正宗白鳥

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🎧 見て過ぎた女 / 朗読音声: VOICEVOX:玄野武宏

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「戀とは綺麗なことを考へて汚いことを實行するものだ。」と、西洋の誰れかが云つたやうだが、若し誰れも云はなかつたとしたら、おれがさう云はうと、日比野は思つてゐた。

彼れは早熟であつたので、八九歳の頃から男女關係についてひそかに空想を描きだしてゐた。十一二歳の時分に「梅暦」を讀んだくらゐだつたから、小説の亂讀によつて色戀の情緒は早くから、發育さされた。しかし、一方で家庭の教訓や基督教の感化などによつて、それを非常の惡事として壓迫してゐた。二十四五の頃になつて壓迫から解放されて、所謂青春の生甲斐のある樂みを味ふやうになつたのであつたが、小説を讀み繪畫を見、あるひは音樂を聽いて、空想してゐたやうな美しい、情緒の濃やかな戀は、彼れが現實に感得するところとはならなかつた。ある女の唇に觸れる時、彼れはその女ではない、ある空想裡の女を心に描いてゐるのであつた。

それは肉體の缺陷に依るのか、あるひは、彼れが女縁が薄くつて、おのれと身心の相投合した女にめぐり合なかつたのに依るのであらうか。青春の頃そのために焦燥を感じた。「美しい事を空想しながら汚いことを實行する」といふ不快な感じが、彼れの色戀には絶えず附き纏つてゐた。

彼れも、下宿屋の小綺麗な女がいつの間にかゐなくなつた時には哀愁を覺えた。友人の妹が結婚した時にも、ちよつと感傷的な氣持になつた。彼に多少の因縁を續けてゐた女が巣を變へた時に、苦勞して搜し出して訪ねて行つたこともあつたが、この女ならではと思つたことは一度もなかつた。だから、彼れは色戀に沒頭してゐるらしい時にも孤獨の感じから脱することは出來なかつた。

それで、歳を取つてからの彼れの思ひ出は淋しいのである。

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