TRENDIA CLASSIC

学生の技能と勤労大衆

戸坂潤

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最近私は学生や青年の問題について、書くことを注文されたり意見を徴されたりすることが非常に多い。何が問題になっているのだろうか。何かが見えない動機となってそういう問題を提出させるに相違ない。その匿れた暗礁は何か。

学生にとって最近最も切実な関心となっているものは第一に、就職と入学試験とである。前者は専門学校、大学の学生生徒の生活をスッかり引き浚って行って了っているし、後者は小学校から始めて中学校、高等学校の生徒達の生活を殆んど完全に支配して了っている。そして入学試験の問題の最後の関心は云うまでもなく就職への関心だ。

私は之に就いて良いとか悪いとか云う勇気をもはや持っていない。入学試験の弊害位は制度の改革によって矯正出来そうに想像されるかも知れないが、夫が決してそうではない。第一制度そのものの改革が決して短い時間の内に実行される底のものではない。教育関係当局は、入学試験の弊害を実は口で云う程重大視しているのではない。それよりも大切なのは教育の精神であったり「精神教育」のことであったりする。教育制度(学校の年限短縮や延長のことに過ぎなくても)の改革云々となると、入学難とか何とかいう民衆の立場からする関心などはどこかへ飛んで了って、すぐ様教育の「精神」だ。真面目に民衆のために教育を考えてなどいない。又仮に教育制度が適当に改革された処で、入学難の根本的解決などは出来るものではない。なぜかと云うに、入学難の背景へは、母親の虚栄心や小学校の校長さんの世渡り術などより遥に重大な動力として、将来の就職という目標が作用しているのだからだ。

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