本文へ移動
TORENDIA

科学方法論

本文約143,500字 ・ 読了時間 約288分

あらすじ(AIが作成しました)

科学方法論を学問論の一形態として捉え、学問における方法概念の分析を通じてその本質を論じる。方法概念の分析を総論とし、リッケルトの科学論を検証材料とした特論を併せて構成する。学問の性格を明らかにし批判を可能にするには、方法を中心とした中枢的な把握が必要であると説き、科学の分類や学問性の考察までを展開する。概念の運動として事物を理解することを目指し、学問の諸問題に対する重大な意味と効用を期待する論考である。

戸坂潤

🎧 まだ音声版はありません

リクエストが集まると、作家に音声化の需要が伝わります。

💰 この本を応援する(投げ銭)

1 / 189

序

科学方法論を私は、学問論乃至科学論の一つの特殊な形態として取り扱うべきであると考える。学問の方法を中枢とした限りの学問理論こそ、恰も科学方法論の名を以て呼ばれているものであり、そして又そう呼ばれることが丁度それに適わしいと思われるからである。それ故吾々は、この書物に於て、まず学問に於ける方法概念の分析から出発する理由をもつ。方法概念の様々の形態、従って又科学方法論の様々な形態は、茲に一般的に予め展開せられるであろう。「方法概念の分析」二篇は吾々の理論に於て、総論の位置を占めると云って好い。

後に続く三篇は、吾々が実際上出逢いつつある既成の科学方法論に就いて、前の総論で得た結果を実地に検証しようとした不完全な試みに他ならない。私はこの際、リッケルト教授が主として与えた限りの「科学論」を、材料の中心として――決して唯一の材料ではない――選ぶのが適当であると考えた。蓋し科学方法論という問題を吾々に最も著しく意識せしめた功績は、就中教授の科学論に帰せられるべきであろうから。併しその結果、吾々の科学方法論は一つの特殊な視角を与えられざるを得なくなり、そこに於て凡そ提出され得た問題はこの視角によって制限されねばならないこととなった。この視角に於て必ずしも照し出すことの出来ないであろう科学方法論の恐らく幾つかの問題はそれ故、遂に吾々の理論の内容となることが出来なかった、私は之を他の機会に取り上げねばならないと思う。この三篇は特殊個々の歴史的内容を取り扱うのであるから、吾々の理論に於て、特論に相当する位置を占めるものである。

総論と特論とを一貫する叙述の方法は、方法概念の分析、によって得られる処の、方法概念の運動、の内に存在する。事物をその概念の運動に於て理解することは、事物を根柢に於て把握するに必要な道であるであろう。一般に、概念の分析とか概念の運動とかいう言葉が何を意味するかを、読者は実地に就いておのずから明らかにされるならば幸いである。

戸坂潤の他の作品

同じジャンルの朗読つきの本