TRENDIA CLASSIC

文芸評論の方法について

戸坂潤

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今日の日本の文芸批評の姿には、見渡したところ二群のものを区別出来るようである。一つは作家による文芸批評であり、も一つは評論家による文芸批評である。尤もこう云っただけですでに、多分の註釈が必要となるのはまことに遺憾であるが、一体評論家は一種の作家でないかどうか。最近日本では創作的な評論と云ったようなものも推賞されている。評論が創作でないというのが元々変な云い方だが、とに角小説や戯曲や詩というジャンルを創作と呼び、この創作をやる人間を作家と呼ぶのが習慣なわけだが、創作と評論、作家と評論家、はそう簡単に対立させられないという点が吾々の話を初めからお終いまでつき纏うのである。

その創作的な評論というのが、特に保田与重郎の夫のような詠嘆文を意味するなら、簡単に無視していい問題だが、文芸評論(一般に評論)も亦文芸創作の一つのジャンルだという意味だとすると、容易ならぬ問題だ。だがこの問題はこの話の終る時初めて解かれるべきものとしよう。さし当り作家と評論家との区別を便宜的に判ったものとして、さて、作家自身が評論を書く場合と、専門の評論家が評論を書く場合とでは、大へん様子が違っていることにまず気がつく。

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