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TORENDIA

近頃芸術の不振を論ず

本文約2,200字 ・ 読了時間 約5分

あらすじ(AIが作成しました)

作家たちが昔のように筆を執れず、新しい主義主張が次々と生まれる芸術の現状を論じる。芸術が不振である根本的な理由は、人間が持つ直観の稀薄化にあると指摘する。直観は人為的に操作できるものではなく、解決策として新たな方法論を講じることは徒労に終わると説く。芸術とは生産ではなく消費の形式であり、生活と平行して存在するものであると定義した上で、生活上の指導原理を芸術に求める姿勢に警鐘を鳴らす。

中原中也

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近頃芸術が不振かどうか、それからして既に軽々と決めてかゝることは出来ない。だが作家等が昔日のやうに、楽々と筆を執つてゐないことだけは事実である。そして、さうした事態を脱がれようとするものの如く、後から後から新しい主義主張が簇出しつつあることも事実である。而してそれらの新しい主義主張は、何か新しく云ひたいことが鬱勃とした所から発生してゐるといふよりも、事態の貧窮を救済しようとて案出されるもののやうである。

かくて、私は思ふに、それら新主義新主張は何の実質的な意義もないであらう。今は却々さうでもないやうに見えるとしても、少しく時が経過してみれば、まこと嗤ふべきことに過ぎないであらう。

例へば小松清氏によつて、行動主義文学といふのが提唱される。「(前略)吾々は近代生活を唯一の文学的対象とし、そのために先づ吾々自体から旧い文学精神とその方法論を棄てる。新しい造型観念が表現派、野獣派、立体派、超現実派、ピュリズムとなつて生じたやうに、新文学も新しい環境に応じた表現を発見しなければならない」云々。実以て茲には目覚ましい精神があるし、未来派発生当時のアポリネールの態度をでも想ひ出させる底の気慨が見られる。その気持は分る。然るに扨この気慨の下に実際作家達が創作する段取にはどういふことになるであらうか。アポリネールは、新しい気慨を抱いた。而もそれを抱く以前とその作品の実質に於て亳も変りはしなかつた。アポリネールは、前世紀的な最後の人と呼ばれてゐる位だから、此の場合格構な例ではないと思はれるかも知れないが、然らば寧ろ突飛な迄に斬新なピカビヤでもツァラでもブルトンでもアラゴンでもよろしい。彼等の作品を見るに、その制作心理過程に於ては少しも前世紀人と別に変つたものを所持してはゐないし、制作心理過程に於て変らぬものが新しい精神を抱いてゐたとしてもその作品の上では実質的な何の新しい精神をも実現してゐるわけではないのである。後世、彼等の作品が手法を解放したといふ位の事は考へられるであらうが、それ以上のことが考へられようわけはない。読んでみよ。そして読後そのインタレスティングを吟味してみよ。

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