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TORENDIA

京に着ける夕

本文約4,100字 ・ 読了時間 約9分

あらすじ(AIが作成しました)

春寒の夜、汽車で京都へ到着した余は、哲学者である主人と和尚の居士に案内され、加茂の森にある住まいへ向かう。古都の変わらぬ淋しさと寒さに震えながら、かつて友人・正岡子規とこの地を訪れた記憶や、当時の思い出に浸る。閑静な森の奥深く、禅寺の趣すら漂う生活の中で、余は京都の夜の冷たさと静寂を一身に受け止めていく。本作は、冷え切った夜気の中、古都の情景と過去への追憶を静かに綴る紀行文である。

夏目漱石

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🎧 京に着ける夕 / 朗読音声: VOICEVOX:青山龍星

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汽車は流星の疾きに、二百里の春を貫いて、行くわれを七條のプラツトフオームの上に振り落す。余が踵の堅き叩きに薄寒く響いたとき、黒きものは、黒き咽喉から火の粉をぱつと吐いて、暗い國へ轟と去つた。

唯さへ京は淋しい所である。原に眞葛、川に加茂、山に比叡と愛宕と鞍馬、ことごとく昔の儘の原と川と山である。昔の儘の原と川と山の間にある、一條、二條、三條をつくして、九條に至つても十條に至つても、皆昔の儘である。數へて百條に至り、生きて千年に至るとも京は依然として淋しからう。此の淋しい京を、春寒の宵に、疾く走る汽車から會釋なく振り落された余は、淋しいながら、寒いながら通らねばならぬ。南から北へ――町が盡きて、家が盡きて、燈が盡きる北の果迄通らねばならぬ。

「遠いよ」と主人が後から云ふ。「遠いぜ」と居士が前から云ふ。余は中の車に乘つて顫へてゐる。東京を立つ時は日本にこんな寒い所があるとは思はなかつた。昨日迄は擦れ合ふ身體から火花が出て、むく/\と血管を無理に越す熱き血が、汗を吹いて總身に浸み出はせぬかと感じた。東京は左程に烈しい所である。此の刺激の強い都を去つて、突然と太古の京へ飛び下りた余は、恰も三伏の日に照り附けられた燒石が、緑の底に空を映さぬ暗い池へ、落ち込んだ樣なものだ。余はしゆつと云ふ音と共に、倏忽とわれを去る熱氣が、靜なる[#「靜なる」は底本では「静なる」]京の夜に震動を起しはせぬかと心配した。

「遠いよ」と云つた人の車と、「遠いぜ」と云つた人の車と、顫へて居る余の車は長き轅を長く連ねて、狹く細い路を北へ北へと行く。靜かな夜を、聞かざるかと輪を鳴らして行く。鳴る音は狹き路を左右に遮られて、高く空に響く。かんからゝん、かんからゝん、と云ふ。石に逢へばかゝん、かゝらんと云ふ。陰氣な音ではない。然し寒い響である。風は北から吹く。

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