雪の障子
本文約1,300字 ・ 読了時間 約3分
あらすじ(AIが作成しました)
旧冬から続いた乾燥に苦しむ町に、待ち望んだ雪が降り積もる。この静寂と冷たさの中に生気を感じる語り手は、雪を見て自身の幼少期や山国で荷馬が行き交った郷里の雪道を想起する。かつて雪の中で懸命に生きた祖先の姿や、古い舞踊に見る雪中の生命表現、そして茶の師匠の許へ雪の夜に足を運んだ母の逸話などを綴り、雪が呼び起こす過去の記憶と、そこに秘められた古人たちの風雅や情熱を追想する。
💰 この本を応援する(投げ銭)
めずらしいものが降った。旧冬十一月からことしの正月末へかけて、こんな冬季の乾燥が続きに続いたら、今に飲料水にも事欠くであろうと言われ、雨一滴来ない庭の土は灰の塊のごとく、草木もほとほと枯れ死ぬかと思われた後だけに、この雪はめずらしい。長く待ち受けたものが漸くのことで町を埋めに来て呉れたという気もする。この雪が来た晩の静かさ、戸の外はひっそりとして音一つしなかった。あれは降り積もるものに潜む静かさで、ただの静かさでもなかった。いきぐるしいほど乾き切ったこの町中へ生気をそそぎ入れるような静かさであった。
にわかに北の障子も明るい。雪が来て部屋々々の隅にある暗さを追い出したかのよう。こんなものが降ったというだけでも、何がなしにうれしいところを見ると、いくつになってもわたしなぞはまだ雪の子供だと見える。麻布飯倉に住んだ頃は界隈が岡の地勢であったから、あの辺の町中にはかなり勾配の急な傾斜があった。山国に生れたわたしは、雪が来ると自分の幼い日のことを思い出し、谷底にあったような旧い住居を出ては、よくあの植木坂へ氷滑りに走り出た。
降ったばかりの雪は冷たいようで、実は暖かい。それを踏めば歓びが湧く。わたしの郷里はそれほど雪の深い山里でもないのだが、それでも家の前の旧い街道は毎年のように白い雪道に変ったものだ。革のむなび、麻の蠅はらい、紋のついた腹掛から、鬣、尻尾まで雪に濡れながら荷馬の往来したのも、あの道だ。古いわたしの家に生れたものは、祖父も、父も、みな往時旅人の送り迎えに従事した人達であったから、雪が来るたびにわたしはいろいろなことを思い出す。そしてあの山間の雪道を踏んで働いた遠い祖先の方にまで心をさそわれる。
雪の中にはいろいろなものが隠れている。ちょっと思い出して見たばかりでも、幻のように立つ像は数え切れないほどある。あるものは血をもって雪を染め、あるものは深い雪の中に坐りつくした。