銭形平次捕物控
本文約16,400字 ・ 読了時間 約33分
あらすじ(AIが作成しました)
江戸の公儀御用筆屋「小法師甲斐」で、先代の死後に跡を継いだ祐吉は、町内の者を集めて百物語の催しを開く。怪談が進み、最後の灯が消され漆黒の闇に包まれる中、突如として幽霊が現れ会場は騒然となる。この混乱の最中、番頭の左太松が宙に吊り上げられる事件が発生する。事態を重く見た銭形平次は、現場の検証や聞き込みを行い、家の内情や複雑に絡み合う人物たちの怨恨と画策を解き明かしていく。
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一
公儀御用の御筆師、室町三丁目の「小法師甲斐」は、日本橋一丁目の福用、常盤橋の速水と相並んで繁昌しましたが、わけても小法師甲斐は室町の五分の一を持っているという家主で、世間体だけはともかくも、大層な勢いでした。
江戸中に筆屋の数は何百軒あったかわかりませんが、鉛筆も万年筆も無い世の中ですから、これが相当以上にやって行けたわけです。そのうち公儀御用というのが七軒、墨屋が三軒、格式のやかましかった時代で、大抵出羽とか但馬とか豊後とか、国名を許されて、暖簾名にしております。
先代の小法師甲斐は昨年の春亡くなり、番頭弟子の祐吉が、家付きの娘お小夜と一緒になって家を継ぎました。祐吉は筆を拵えることは下手ですが、何となく才覚のある男で、先輩の番頭理三郎、左太松を抜き、朋輩にも、親類方にも異存がなくて、二十五の若さで主家の跡取りに直りました。
もっとも、先代小法師甲斐には、甲子太郎という、今年二十八の倅があり、四年前から放埒が嵩じて、勘当同様になっておりますが、先代の実子には相違なかったので、妹のお小夜に婿入りした祐吉は、暖簾名の「小法師甲斐」を継ぐことだけは遠慮しておりました。
そんな事は、いずれ話の進行につれて判ることです。それより、いきなり事件のクライマックスなる「百物語」のことから、この物語を始めましょう。
「ね、旦那、先代の大旦那が亡くなられてから、もう一年以上経っているでしょう、いつまでも湿々していたって、追善供養の足しになるわけじゃありません。このお盆には一つ、素人芝居でもやって、町内中を陽気にして、うんと人気を引立てようじゃありませんか、憚りながら二枚目と立役には事を欠きませんよ、ヘエ」
町内の油虫、野幇間のような事をしている赤頭巾の与作が、こんな調子に煽動したのは、六月の末でした。
「今から素人芝居の仕度じゃ、盆の間に合わないよ、もっと気のきいた、キャッキャッと来るような遊びはないものかね」
祐吉も満更そんな事の嫌いな柄でもありません。
「キャッキャッと来るのなら、百物語なんかどんなもので」
「何だい、その百物語――てえのは」