四十年の回想
本文約11,800字 ・ 読了時間 約24分
あらすじ(AIが作成しました)
中風で病床に伏す著者が、自らの思想と仕事の軌跡を年代順にまとめた著書の編集を通じて、過去の歩みを回想する。朝鮮工藝への傾倒と民藝の提唱、美術館の建設、茶の湯に対する批判的考察、そして工藝作家たちとの交流や闘いを綴る。自らの体験を鳥瞰図的に振り返ることで、日本人の眼で美を見極めることの重要性を説き、民藝という言葉が広まる一方で生じた弊害に対しても警告を発し、民藝館設立の本来の意義を改めて提示する。
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『民藝四十年』というのは私の著書なので、自分の本を読んでその感想なり、当時の事情なりを書くのはおかしな事だとも思える。病床生活でもしていなければ、こんな閑文を想い立つ機縁はなかったかもしれぬ。しかし今度の私の場合は次の二つの事情のため、さながら他人の著書を読むのと余り変りがなかった。
この本の出版の交渉を受けてからまもなく私は中風で倒れ、一時は生死の程も分らぬ事情にあった。ところが出版社からは督促を受ける。しかし私自身ではどうする事も出来ない病状にあった。それでこの本は私の書いたものの幾つかを年代を追って輯めたものだが、それは全く私の著作に詳しい浅川園絵さんの注意深い配慮によって編輯されたものである。それで私の著述ではあっても、一面そうでない所がある。こうして配列されて見ると、なる程こんな順序で自分の仕事や思想が発展したのかと、他人事のように初めて想い返すような次第であった。
次に、私は滅多に自分の旧稿を読まない。それで今度珍しく読み直す機会に恵まれ、自分の踏んできた経路を鳥瞰図的に見る事が出来て、自分ながらちょっと面白かった。「ああこんな事も書いた事があるか」と今更考えたりした。何しろ三、四十年も前に執筆したものは忘れている部分が多い。この本で見ると私と物との縁もなかなか過去が深く、朝鮮工藝(明治末から大正にかけ)―木喰仏(大正末から昭和初めにかけ)―諸国民藝品(昭和初め頃から今日に及ぶ)―美術館の建設―沖縄訪問―茶の湯の問題―美の問題、こういう順序になった。それにつれ種々の想い出が湧いてくる。