箱の中のあなた
本文約3,300字 ・ 読了時間 約7分
あらすじ(AIが作成しました)
初夏の夕暮れ、観光地の丘で、独身の女性はカメラを抱えた見知らぬ男から写真撮影を頼まれる。内気で男性に恐怖を感じる彼女は、カメラ越しに被写体となった男を小さな人形のように眺め、所有できることに喜びを覚える。その後、公園へ誘い出した男を崖から突き落とし、その姿を現像して部屋に飾る。彼女は過去にも同様に殺害した男たちの写真を保管しており、生身の人間ではなく写真の中に固定された男たちと生きる幸福を噛みしめる。
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「あの、失礼ですが」
なめらかな都会ふうの男の声がいった。彼女は、臆病と疑惑とがいっしょになったようなぎごちない様子で、立ち止った。
丘の上は、すばらしい夕焼けで赤く染っていた。馬の背のような地面に、まばらな木が細長い影をつくっていた。
「いい景色ですねえ、ほんとに。……これ、なんの木です?」
なれなれしく、この地方だけに生えている緑いろの炎のような形の樹をさして、男は訊く。男は、首からカメラを吊していた。
態度といい、口調といい、男はわざわざ東京あたりからやってきた観光客の一人にちがいなかった。……この地方は、初夏から観光シーズンにはいって、駅前には歓迎の大きなアーチが立つ。今年も、もう十日あまり、彼女は毎日それを見てきていた。
「すみませんが」と、男はいった。「ここで、写真を一枚とってくれませんか」
棒のように直立したまま、だが彼女は、その男の首から上、やさしい声の流れだす唇さえ、ろくに見ることができなかった。彼女は、男の顔を、いままでまっすぐに見られたことがなかった。
その内気さ、臆病さが、結局のところ、三十才を過ぎた今日まで、彼女に一人暮しをさせていたのかもしれない。首すじのあたりまで真赤にして、極度の緊張に、彼女は呼吸がつまるような気がしていた。
男は、明るい声でいった。
「じつはね、記念に、この風景をバックに、ぼくを入れて一枚うつしていただきたいんです。なに、セットはぼくがしますし、シャッターさえ押して下されば、いいんですから。……お願いします」
彼女は、こわばった顔でちょっと道をふりかえった。誰も通らなかった。
「すみませんが」
男はやさしい声でくりかえした。
彼女は手をのばした。
おそるおそるカメラを手に受けると、ぎくしゃくと胸に抱えこんで、彼女はけんめいにその少しぼやけた男の映像を、小さな箱の中の暗いガラス板の上にとらえるのに熱中した。
やっと焦点があった。彼女は、大きく呼吸を吐いた。