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TORENDIA

暑くない夏

本文約1,700字 ・ 読了時間 約4分

あらすじ(AIが作成しました)

病室で寝たきりの生活を送る大学の同級生の女は、五官の感覚を失い、季節すらも他人のもののように感じている。余命わずかな彼女が抱く「夏を知らない」という孤独な問いかけに対し、見舞いに訪れた男は、病院を出た際に自身の感覚が一時的に消失する体験をする。その不可解な出来事を通じて、男は彼女が生きる感覚の深淵に触れ、彼女と自分を繋ぐ記憶を確かめるように雨の降る夏の街を歩き出す。

山川方夫

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🎧 暑くない夏 / 朗読音声: VOICEVOX:春日部つむぎ

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「……夏が来たのね」

女は、天井を見上げたままでいった。

白い天井。白い壁。白いシーツ。女の顔も白い。

「空を見ていると、わかるの。ついこないだまで、どんよりと空の濁った日ばかりがつづいてたわ。まるで、水に落ちたケント紙のような色の空だったわ。……それが、見てごらんなさい、あんな真青な色になって、むくむくした力こぶみたいな雲が見えるわ」

女は声を落し、彼に笑いかけた。

「もう、一年になるのね」

うなずいて、彼も窓を見やった。窓の外は、一面に濃い群青の夏の空だ。――この部屋は五階だ。なるほど、ベッドに寝たきりでいるのだったら、見えるのは空しかない。

「学校の話をしようか?」

二人は、大学のクラス・メートだった。が、女はちがう返事をした。

「お願い。窓のカーテンを閉めて」

彼はカーテンを引いた。女は、大きな呼吸をした。ふざけたような声でいった。

「……私には、もう、夏も冬もないの。私はもう、なにも感じないわ。暑くも寒くもなく、いつも気密室に入っているみたいなのよ。みんな、他人の夏、他人の冬でしかないの」

何万人、いや、何百万人に一人という奇病だった。去年の夏、突然高熱を発した二十歳の彼女は、そのまま全身が動かなくなった。

意識は明瞭だが、五官の感覚がほとんどなく、あとは死を待つほかはないのだ。医者は、最大限一年しかもたないと明言した。その一年の期限が、もはや目の前に来ている。

部屋がむしむしする。彼はハンカチで汗をふいた。わざと明るい声でいった。

「うらやましいよ。暑さ知らずだなんて」

女は、目のすみでちらりと彼に笑った。

「そうね。いまに文化が進歩して、人間たちが気温を一定に調節して、この世から夏や冬を追放することになるのかもしれない。……私、そんな未来の国に住んでいるみたいね」

「そうさ」と、彼もいった。

「そうしたら、夏や冬は、季節の名前じゃなく、土地の名前になっちまうさ。金持ちだけがそれを味わいに出かけて行く、遠い土地の名前に」

「夏や冬は、つまりぜいたく品になるのね」

笑って、女は目をつぶった。

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