日ざかりは光が眩しかったが、いつのまにかなまあたたかい初夏の宵にかわっていた。かすかな風も出てきて、街路を歩いて行き、見上げるとまだビルの上にうす青い晴れた空がのこっていた。
「すてきだったわ、今日は」私が足をとめると、つれの女は腕をときながらいった。
「とくに、君の食欲がすてきだった」
「あれは、ソースがよくできていたわね、仔牛のカツ」
頬の肉の厚い女はのんびりいい、目を光らせて塗りなおしたばかりの唇で笑う。「それでね、それで私、おかわりをしたのよ」女の口調には東北ふうのアクセントがある。わざと上品ぶって標準語をしゃべろうとするので、語尾があがる。商売がら、私は訛りについてはうるさいのだ。だが、私はなにもいわなかった。もうその女はいらなかった。私は、彼女と二十時間ちかくいっしょにいたのだ。
放送局のビルの前で私は女と別れた。背の高い女は石の舗道を五六歩そのままの方向に歩いて行き、くるりと廻れ右して私の前をそしらぬ顔で駅の方に引き返した。彼女は駅の向う側の喫茶店につとめている。淡い水いろのタイトの尻をふって、首をしゃんとあげて歩いて行く若い女には、ながい時間私とだけいた痕はどこにも見えなかった。私はひどく快い気分で昇降機の前に歩いた。
女たちについては、私はちかごろはその皮膚のことしか考えない。皮膚をこえた部分、私に見えない部分について思いだすと、私はいつも途方にくれ、結局は立ち往生をとげてしまう。私は、ぷつんと糸を断つように別れたいがために、けんめいに女へのその戒律の実行を心がけていたのだ。
七階の、廊下のつきあたりの本読み室は窓がなくて、そこには夜と昼の区別がない。黄いろい防音壁にかこまれた四角い部屋はボール箱の中のようで、壁にはめこまれた時計が午前か午後かわからない六時ちかくを指し、部屋はつけっぱなしの蛍光照明がまぶしかった。