一
栃木県益子の窯場で長らく土瓶の絵附をしていた皆川マスというお婆さんのことは、既に多くの方々も知ってお出での事と思います。その山水絵や枝梅の土瓶は、焼物に眼を注ぐほどの人なら、おそらく誰でも見慣れているものでありましょう。誠にありふれた品物でありますが、それを対象にこの一文を草したく思いますのは、実はそれが美に関する幾多の根本問題を孕んでいると思われるからであります。それに多くの方々によく知られている品物であるだけに、語るのに都合のよい仲立であると思われます。お婆さんの齢はもう八旬を越えましたので、その筆の一生も終りに近づきつつあることと思われます。それ故この一文がいくらかでも、その生涯を紀念するものであることを希いつつ、ここに筆を執る次第であります。
皆川マス女の絵
私は別に益子土瓶の歴史や手法や、その他のことをここに詳しく書こうとするのではありません。ただ簡単に次のことを、予備知識として持って頂くだけで差し当りは充分だと思われます。
一、その土瓶に見られる絵附は、日本の伝統的な図柄の一つであります。山水の絵はもと江州の信楽に発したものでありましょうが、益子では明治の半頃から盛に描かれるに至りました。模様は「山水」のほか「四君子」とか「籬に牡丹」とか、おそらく二十種近くありましょうが、中で特に持映されましたのは山水絵でありました。
一、いずれも代々伝ってきた非個人的な図柄で、作者の名を記したものは見当りません。無落款がこの種の焼物の本来の性情であります。もとより安土瓶でありまして、主に関東一帯の台所で用いられたごく普通の雑器であります。
一、明治二、三十年頃は生産量の絶頂を示しました。当時は絵附に従事する者も十余人あったと申しますが、皆川マス女はその一人で、今日まで活き残っているのはもう彼女だけになりました。それにこの絵土瓶は昔ほどの需要が今はなく、近年急に生産が衰えて来ました。彼女は何でも十歳頃から描くことを教わり、爾来引きつづいて仕事をし、凡そ六、七十年間も土瓶に絵附をしてきたわけであります。