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TORENDIA

魔の退屈

本文約11,300字 ・ 読了時間 約23分

あらすじ(AIが作成しました)

戦争末期、徴用を免れ日本映画社の嘱託として働く著者は、撮影の実現などあり得ない黄河をテーマにした文化映画の脚本執筆を求められる。無意味な仕事への徒労感と空虚さを抱えつつ、文献を読み漁ることで退屈を紛らわせる日々を綴る。生き残りをかけて模索するインテリ仲間たちの観念的な現実逃避を冷徹に見つめ、極限状態の日本社会における秩序と人間性の在り方を考察する。

坂口安吾

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戦争中、私ぐらいだらしのない男はめったになかったと思う。今度はくるか、今度は、と赤い紙キレを覚悟していたが、とうとうそれも来ず、徴用令も出頭命令というのはきたけれども、二、三たずねられただけで、外の人達に比べると驚くほどあっさりと、おまけに「どうも御苦労様でした」と馬鹿丁寧に送りだされて終りであった。

私は戦争中は天命にまかせて何でも勝手にしろ、俺は知らんという主義であったから、徴用出頭命令という時も勝手にするがいいや何でも先様の仰有る通りに、というアッサリした考えで、身体の悪い者はこっちへ、と言われた時に丈夫そうな奴までが半分ぐらいそっちへ行ったが、私はそういうジタバタはしなかった。けれども、役人は私をよほど無能というよりも他の徴用工に有害なる人物と考えた様子で、小説家というものは朝寝で夜ふかしで怠け者で規則に服し得ない無頼漢だと定評があるから、恐れをなしたのだろうと思う。私は天命次第どの工場へも行くけれども、仰有る通り働くかどうかは分らないと考えていた。私が天命主義でちっともジタバタした様子がないので薄気味悪く思ったらしいところがあった。

そういうわけであるから、日本中の人達が忙しく働いていた最中に私ばかりは全く何もしていなかったので、その代り、三分の一ぐらい死ぬ覚悟だけはきめていた。

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