私は海をだきしめていたい
本文約7,000字 ・ 読了時間 約14分
あらすじ(AIが作成しました)
悪魔と神の間で揺れ動き、己の卑俗さと葛藤する一人の男が、元女郎の不感症の女と生活を共にする。女の虚しくも清潔な肉体に己の孤独と魂の救いを見出し、肉欲に没頭する男は、幸福を否定し不幸を求める境地に達する。ある日、荒れ狂う海を背景に女の姿を眺めていた男は、波間に女が消える一瞬の幻影に壮大な美を感じ取り、自身の肉欲と孤独を海という巨大な肉体の中に投影して、そのすべてを抱きしめたいと渇望する。
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一
私はいつも神様の国へ行こうとしながら地獄の門を潜ってしまう人間だ。ともかく私は始めから地獄の門をめざして出掛ける時でも、神様の国へ行こうということを忘れたことのない甘ったるい人間だった。私は結局地獄というものに戦慄したためしはなく、馬鹿のようにたわいもなく落付いていられるくせに、神様の国を忘れることが出来ないという人間だ。私は必ず、今に何かにひどい目にヤッツケられて、叩きのめされて、甘ったるいウヌボレのグウの音も出なくなるまで、そしてほんとに足すべらして真逆様に落されてしまう時があると考えていた。
私はずるいのだ。悪魔の裏側に神様を忘れず、神様の陰で悪魔と住んでいるのだから。今に、悪魔にも神様にも復讐されると信じていた。けれども、私だって、馬鹿は馬鹿なりに、ここまで何十年か生きてきたのだから、ただは負けない。そのときこそ刀折れ、矢尽きるまで、悪魔と神様を相手に組打ちもするし、蹴とばしもするし、めったやたらに乱戦乱闘してやろうと悲愴な覚悟をかためて、生きつづけてきたのだ。ずいぶん甘ったれているけれども、ともかく、いつか、化の皮がはげて、裸にされ、毛をむしられて、突き落される時を忘れたことだけはなかったのだ。
利巧な人は、それもお前のずるさのせいだと言うだろう。私は悪人です、と言うのは、私は善人ですと、言うことよりもずるい。私もそう思う。でも、何とでも言うがいいや。私は、私自身の考えることも一向に信用してはいないのだから。
二
私は然し、ちかごろ妙に安心するようになってきた。うっかりすると、私は悪魔にも神様にも蹴とばされず、裸にされず、毛をむしられず、無事安穏にすむのじゃないかと変に思いつく時があるようになった。
そういう安心を私に与えるのは、一人の女であった。この女はうぬぼれの強い女で頭が悪くて、貞操の観念がないのである。私はこの女の外のどこも好きではない。ただ肉体が好きなだけだ。