書簡 大杉栄宛
本文約780字 ・ 読了時間 約2分
あらすじ(AIが作成しました)
大阪の上福島に滞在する伊藤野枝が、東京の大杉栄へ宛てた手紙を収める。親族から厳しい監視や干渉を受けて困惑する著者が、当時の心境を率直に綴る。親族が著作の内容から思想を懸念して説得を試みる様子や、大阪の地になじめず大杉の元へ帰りたいと切望する心情が記される。周囲の旧来的な価値観と対立しながら、自身の意志を貫こうとする女性の孤独と、大杉への強い思慕をありのままに描き出す。
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宛先 東京市麹町区三番町六四 第一福四萬館 発信地 大阪市北区上福島
すこし甘へたくなつたから、また手紙を書きたいの。野枝公もうすつかり悄気てゐるの。だつて来ると早くからいぢめられてゐるんだもの、可哀さうぢやない? でもね、随分おとなしいのよ。けれど、もう大阪なんか本当にいやになつちやつた。野枝公もう帰へりたくなつたの。もう帰へつてもいい? まだ早い? だけど、こんなぢやいやだわ。叔母なんて、あなたとの手紙のやりとりだつて、あんまりしちやいけないなんて云ひ出すんですもの。あたしそんなこと云はれちややりきれないわね。帰へつてもいい? もう四五日暮したら帰へつてもいいでせうね。叔父の帰つて来るまでなんてゐること出来やしない。
叔父でも叔母でも、あなたに誘惑されたのだと思つて、今あなたから離しておきさへすれば、元にもどるのだと信じてゐるのですね。そんな馬鹿な事つてありはしません。私はもう断然ここの家とも今度きりで交渉をたつて仕舞はうかと思つてゐます。かうしてゐたつて一日中のべつにぐず/\云はれては、唯さへ暑くてうるさいのに大変ですもの。
見せろ/\つて云ふので『生の闘争』を見せました。堺さんの序文に幸徳さんの後を受けてゐるんだと書いてあつたのと、あの表に無政府主義とあつたのに猶驚いて、大変だと思つたんですね。仕方がありませんわ、理屈を云つたつて。もう一ぺん考へた事に一生懸命にしがみついてゐるのですからね。叔母はもうどうしても私がもう一ぺん思ひ返してくれなくては困ると云つて、是非さうさせると云ふやうな訳なのです。随分大変でせう。野枝公もうすつかり閉口してゐるんです。
私には大阪と云ふ土地は本当に性に合はない処だわ。矢張りあなたのそばが一等いいわ。野枝公すつかり計画が外れていやになつちやつたけど仕方がない。
[『大杉栄全集』第四巻、大杉栄全集刊行会、一九二六年九月]
完