一
「社長、又脅迫状です」
ドアが開いて、庶務の北川が入って来た。株式会社西村電気商会主の西村陽吉は、灰皿の上に葉巻を置いて、クルリと廻転椅子を廻し笑顔を向けた。
「又かい。根気のいいものだね」
彼はものうげに、北川のさし出す書状を受取ると、チエッと舌打ちをしながら、開封した。
「慣れっちまいましたね。封筒を見れば、これは脅迫状だなんて、直ぐに分る様になりました」
「ウン」
西村は鷹揚にうなずいて、封筒の中味を読み始めた。北川はそのうしろから、さも主人の身の上を気づかう恰好で、手紙を覗いている。
「ワハハハハハハハ、大分手ひどい。暗夜を気をつけろだって、うっかりすると命があぶないぞ」
西村は椅子の上でそっくり返って笑った。
「ここだよ、ほら」
北川は社長の指さす文面を、小声で読んで見て、さも生真面目な表情を作りながら、
「無智な奴って、仕様がないものだね。個人としての社長を恨むなんて、飛んでもない見当違いじゃありませんか。恨むなら会社全体を恨むがいい、会社をして事業縮少を余儀なくさせた経済界を恨むがいい。何も社長の御存知のことじゃないのですからね」
「理窟はそんなものだがね。まあ奴等にしちゃ無理もないさ。明日から路頭に迷うのだ。世迷事も云い度くなる。だが、何が出来るものか。脅かしだよ。こんなことをして涙金をせしめようという、さもしい根性だよ」
「残った連中を煽動して、同盟罷業をやらせようと、盛に説き廻っているということですが」
「それよ。お極りだあな。そこに手抜りがあるものか。こっちには桝本のおやじが抱き込んである。あいつにたんまりくらわせてあるからね。あれの人望で圧えつけりゃ、ナアニ、びくともするこっちゃない。解雇された奴等の脅迫よりは、桝本職工長の眼玉が怖いさ」
「それにしても、此際社長のおからだに万一のことがあっては、それこそ大変ですから、充分御注意が肝要だと思います」
「有難う。だが、僕はこう見えても、まだ職工なんかにやっつけられる程耄碌はしないつもりだ。そんなことより、大分手紙がたまっている。タイピストを呼んで呉れ給え。瀬川だよ。あの子供は感心に速記がうまい」