悪霊
本文約33,800字 ・ 読了時間 約68分
あらすじ(AIが作成しました)
中年の失業者が持ち込んだ二冊の記録には、有名な心理学者の周辺で起きた血腥く不可解な殺人事件の顛末が綴られていた。ある心霊学会の会員である書き手が、姉崎未亡人殺害事件を中心に、不可解な記号や不気味な出来事に翻弄される関係者たちの姿を描く。著者は、自身の加筆を最小限に抑えたこの書翰集をそのまま発表し、未だ所在不明である記録の提供者へ謝意を表す。
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発表者の附記
二月ばかり前の事であるが、N某という中年の失業者が、手紙と電話と来訪との、執念深い攻撃の結果、とうとう私の書斎に上り込んで、二冊の部厚な記録を、私に売りつけてしまった。人嫌いな私が、未知の、しかも余り風体のよくない、こういう訪問者に会う気になったのはよくよくのことである。彼の用件は無論、その記録を金に換えることの外にはなかった。彼はその犯罪記録が私の小説の材料として多額の金銭価値を持つものだと主張し、前持って分前に預り度いというのであった。
結局私は、そんなに苦痛でない程度の金額で、その記録を殆ど内容も調べず買取った。小説の材料に使えるなどとは無論思わなかったが、ただこの気兼ねな訪問者から、少しでも早くのがれたかったからである。
それから数日後のある夜、私は寝床の中で、不眠症をまぎらす為に、何気なくその記録を読み初めたが、読むに従って、非常な掘出しものをしたことが分って来た。私はその晩、とうとう徹夜をした上、翌日の昼頃までかかって、大部の記録をすっかり読み終った。半分も読まない内に、これは是非発表しなければならないと心を極めた程であった。そこで、当然私は、先日のN某君にもう一度改めて会いたいと思った。会って、この不思議な犯罪事件について、同君の口から何事かを聞出したいと思った。記録を所持していた同君は、この事件に全く無縁の者ではないと思ったからだ。併し、残念な事には、記録を買取った時の事情があんな風であった為に、私は、某君の身の上について何事も知らなかった。彼の面会強要の手紙は三通残っていた。けれど所書きは皆違っていて、二つは浅草の旅人宿、一つのは浅草郵便局留置きで返事を呉れとあって所書きがない。その旅人宿二軒へは、人をやったり電話をかけたりして問合せたけれど、N某君の現在の居所は全く不明であった。