TRENDIA CLASSIC

モノグラム

江戸川乱歩

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私が、私の勤めていたある工場の老守衛(といっても、まだ五十歳には間のある男なのですが、何となく老人みたいな感じがするのです)栗原さんと心安くなって間もなく、恐らくこれは栗原さんの取って置きの話の種で、彼は誰にでも、そうした打開け話をしても差支のない間柄になると、待兼ねた様に、それを持出すのでありましょうが、私もある晩のこと、守衛室のストーブを囲んで、その栗原さんの妙な経験談を聞かされたのです。

栗原さんは話上手な上に、なかなか小説家でもあるらしく、この小噺めいた経験談にも、どうやら作為の跡が見えぬではありませんが、それならそれとして、やっぱり捨て難い味があり、そうした種類の打開け話としては、私は未だに忘れることの出来ないものの一つなのです。栗原さんの話しっぷりを真似て、次にそれを書いて見ることに致しましょうか。

いやはや、落しばなしみたいなお話なんですよ。でも、先にそれを云って了っちゃ御慰みが薄い。まあ当り前の、エー、お惚気のつもりで聞いて下さいよ。

私が四十の声を聞いて間もなく、四五年あとのことなんです。いつもお話する通り、私はこれで相当の教育は受けながら、妙に物事に飽きっぽいたちだものですから、何かの職業に就いても、大抵一年とはもたない。次から次と商売替えをして、到頭こんなものに落ちぶれて了った訳なんですが、その時もやっぱり、一つの職業を止して、次の職業をめっける間の、つまり失業時代だったのですね。御承知のこの年になって子供はなし、ヒステリーの家内と狭い家に差し向いじゃやりきれませんや。私はよく浅草公園へ出掛けて、所在のない時間をつぶしたものです。

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