インパーフェクト・クライム
「で犯行の手掛は? 被害者の身許が分らないとすると、せめて、犯人の手口を示す、一寸した証拠でも残ってはいなかったかしら」
正岡警部が鎌倉署長の顔色を読むようにして尋ねた。というのは署長の困惑した表情の奥に、何だか妙なものが、一縷の希望みたいなものが感じられたからである。
「アア、その方の証拠なら、少しばかり蒐集してあるよ。第一にこれです」
署長は果して、待ってましたという調子で、ポケットから彼の常用のシガレット・ケースを取出すと、勿体らしくそれを開いて見せた。中にはエアシップが二本と、白紙に包んだ一枚の眼鏡の玉。云うまでもなく証拠品というのは、眼鏡の玉の方だ。
「触っちゃいけない。実にハッキリした指紋がついているんだ。これはもう一つの指紋と一緒に写真に撮って、今頃は署の方で現像が出来ている時分です」
「つまりその眼鏡の玉が、この部屋に落ちていたという訳ですね。近眼鏡らしいね。で、もう一つの指紋っていうのは、一体どこにあったんです」
正岡名探偵の顔が一寸緊張して、鋭い両眼が一際光って見えた。
「海岸の方に開いている裏口の、ドアの引手のガラス玉の表面に、二つも三つも、しかもそれが、この眼鏡の奴と全く一致しているんだ」
署長は少々得意でない訳には行かなかった。
「ホウ、すると犯人は、その裏口から出入りしたって訳だね。……無論戸締りはしてあったんでしょうね」
「家主はそう断言している。併し、こんな借家のドアの合鍵を造る位、造作はないですからね。それから正岡君、もっと確かなものがあるんだ。犯人の足跡らしいものがね」
正岡氏は、かくも矢つぎ早に提出される数々の手掛に、寧ろ変挺な驚きを感じないではいられなかった。これがそもそも予告犯人の所謂「完全なる犯罪」なんだろうか。却ってその正反対のものではないのか。
「足跡って、どこにです」
「その指紋のあるドアの内側にも外側でも。マア来てごらんなさい。それを見ると、犯人の行動が手にとるように分るんだから」
署長は先に立って、その裏口のドアへと、階段を降りて行った。正岡警部、雑誌記者津村、小説家星田の順でゾロゾロとそのあとに続く。