いしが奢る
本文約22,100字 ・ 読了時間 約45分
あらすじ(AIが作成しました)
江戸から宮津に赴いた本信保馬は、藩の財政改革という密命を帯びつつ、周囲から縁談を持ちかけられる。保馬は料亭で出会った女性いしとの交流を深める一方、外島又兵衛らによる不正を糾明する任務にも向き合う。正体を探られる罠を潜り抜け、勘定吟味役としての役目を果たした保馬は、任務終了と共に江戸への帰還を決め、いしとの新たな未来へと思いを馳せる。
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一
六月中旬のある日、まだ降り惜しんでいる梅雨のなかを、本信保馬が江戸から到着した。
保馬は江戸邸の次席家老の子で、その名は国許でもかなりまえから知られていた。俊才で美男で、学問も群を抜いているし、柳生道場では三傑の一という、誂えたような評判であった。こんど来た目的がなんであるかは公表されなかった。じつは勘定吟味役だという説もあり、嫁えらびだという噂もあった。勘定吟味役だというのは限られた一部の説であったが、慥かな筋から出た情報のように云われた。そのためであろう、保馬が亀岡の宿所にはいると、旅装を解くよりも早く、いろいろな客が挨拶に来た。多くは藩の用達をはじめ商人たちであったが、各役所からの使者も少なくなかった。――勘定吟味役は(いうまでもないだろうが)現今の会計監査官に当り、それよりもさらに広範囲の権限をもっていた。またそのときは藩の財政が極度にゆき詰って、政策の大きな転換が予想されていたから、挨拶に来る人たちの「挨拶」の内容も単純ではなく、それぞれがなんらかの意味を含むものであった。保馬はかれらには会わなかった。保馬の供をして来た仲田千之助と堀勘兵衛とが応待に出た。そのうちに外島又兵衛という客が来ると、保馬はちょっと考えてから、客間へとおすように命じた。又兵衛は四年まえまで江戸邸にいた、中老佐藤市兵衛の三男であったが、こちらの年寄役、外島伊左衛門と婿養子の縁組ができて、以来ずっとこの宮津にいるのであった。――年は保馬と同じ二十六歳になる。躯は小柄で、色が浅黒く、頬骨が尖っていた。話しぶりも表情も才ばしって、なめらかで、少しも隙がないという感じだった。
保馬が入ってゆくと、又兵衛はにこにことあいそよく笑い、軽く目礼をして、ひどく親しそうに話しかけた。
「どうもしばらく、道中御無事でおめでとう」
保馬は頷いて坐った。又兵衛の狎れ狎れしさを承認するようでもなく、また拒むふうでもなかった。
「その後どうですか」保馬は巧みな無関心さで云った、「もう子供さんがあるのでしょう」