一の一
「こう親爺、肴はもうこれっきりか、一人あたま五匁と張込んであるんだぜ、のこにぬたに鱈昆布はひどかろう」
「鱈昆布もいいが見ねえ、おいらのはまるっきり昆布昆布だ」
「や組の喜三兄哥が一世一代の奢りなんだ、一度あって二度とはねえ公方様の御参内ってえところだぜ、刺身ぐれえ気張ったらどうだ親爺」
本所北詰橋の河岸にある居酒屋『鶴七』の店はいっぱいの客であった。なかにも八間の燈の下に陣取った町火消とみえる七八名の若者たちは、もうだいぶ酔が廻った様子で頻りに店の主人をからかっていた。
「驚かしちゃあいけねえ」
主人の鶴七は鍋前から、
「この不漁に刺身だなんてお大名の沙汰だ、鶴七は手妻遣いじゃあねえよ」
「嘘をつけ、この酒なんざあ相当の手妻物だぜ」
「濁酒じゃあねえからな喜三さん、こっちに云わせりゃあ一人あたま五匁とはずんだおめえのほうがよっぽどいかがわしいや」
「おっ、云やあがったな親爺」
喜三郎という、頭に白く晒木綿を巻いたのが腕捲りをする、――と側にいた一人が、
「いかがわしいといえば」
と急に身を乗出した、
「霙河岸の西脇道場の火事のとき変なことがあったのを知っているか」
「また銀太の御神輿が始まったぜ」
「担ぐんじゃあねえ本当のこった、兄哥たちゃあ知らねえだろうが、西脇先生は焼死んだんじゃあねえぜ、本当のこった、おらあ死骸を掘出したから知ってるがな、――肩から胸へかけてこう刀傷が……痛えッ」
ぴしッと頬を殴った者がある、右側の一人おいて隣にいた男だ。銀太は頬を押えながら怨めしそうに、
「なんでえ角兄哥、打つこたあ」
「なんでえじゃあねえ、詰らねえことをべらべらしゃべりあがって、頭梁はじめ組中の迷惑を考えてもみろ、もし関合いにでもなったらどうするんだとんちきめ、――みんな、いまのは銀太の御神輿だ、忘れてくんねえ」
「そんなこったろうと思ったよ」
喜三郎が盃を呷って、
「だがなんだぜ、西脇道場も師範代がやりてだから、焼けて六十日足らずというのに立派なものが建ったぜ、両側の地面を買って以前の倍にゃあなったろう」
「あの師範代は切れるからなあ」