TRENDIA CLASSIC

武家草鞋

山本周五郎

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「あの方はたいそう疲れていらっしゃるのですね、お祖父さま、きっとずいぶんお辛い旅が続いたのでしょう、わたくしあの方のお顔を拝見したときすぐにそう思いました」若いむすめの艶やかな声が、秋の午後のひっそりとした庭のほうから聞えてくる、「……並なみのご苦労ではないのですよ、あのお眼の色でしんそこ疲れきっていらっしゃるのがわかります、わたくし胸が痛くなりました、本当にここのところが痛くなりましたの、お祖父さま」

「その土を均すのはお待ち、朽葉を混ぜて少し日に当ててからにしよう」老人のしずかな声がそう云った、「……今年あんなに虫が付いたのは鋤返すとき日に当て方が足りなかったのだろう、可哀そうにこっちの蕨はみんな根がこんなになってしまった」

「ああそれはお捨てにならないで下さいまし、わたくし糊を拵えますから」

宗方伝三郎はうとうとまどろみながら、遠い思い出からの呼び声のように二人の会話を聞いていた。なかば覚めかかって、ああおれはこの家に救われているんだなと思い、また夢うつつのように眠ってしまう、ともかくも今は人の情に庇われているという安心と、身も心も虚脱するような疲れとで、起きあがる力さえ感じられないのであった。老人は口数の少ない人とみえてときどきさりげない返辞をするだけだが、娘は話し好きらしく殆んどひっきりなしに声が聞えてくる、それがいかにも明るく爽やかだし、話題はどうでも話してさえいれば楽しいという風で、聞いているほうがしぜんと頬笑ましくなる感じだった。――心ゆたかに育ったんだな、伝三郎は夢ごこちになんどもそう思った、きっと性質もやさしいむすめだろう。

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