屏風はたたまれた
本文約11,900字 ・ 読了時間 約24分
あらすじ(AIが作成しました)
吉村弥十郎のもとに、ある娘が彼を慕っているという奇妙な手紙が届く。彼は指定された茶屋を訪れ、千夜と名乗る娘と逢瀬を重ねるようになる。しかし、彼女は身の上を語らず、約束の日に突然姿を消す。その後、世間の噂から奈々の方と千夜の同一人物説を疑うが、父の言葉で自身の迷いを断ち切る。本作は、正体不明の女性との恋の顛末と、藩を揺るがす噂の間で揺れ動く青年が、己の執着を捨て去るまでを描く物語である。
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一
吉村弥十郎はその手紙を三度もらって、三度とも読むとすぐに捨てた。ちょうど北島との縁談がまとまったところなので、誰かのいたずらだろうと思ったからである。差出人の名はただ「ゆき」とだけで、内容はいつもきまっていた。
――自分はさる家の乳母であるが、自分のそだてた嬢さまがあなたをみそめ、おもいこがれるあまり病気のようになった。そばにいて見るに見かね、思いきってこういうぶしつけな手紙をさしあげる。どうかいちど嬢さまに逢ってやってもらいたい、むすめ一人のいのちが助かるのである。自分は来てくださるものと信じて、嬢さまといっしょに待っている。堺町の中村座の茶屋で「ゆき」と云ってくださればわかるようにしてある。
そして、どうかぜひ来てくれ、こんどこそ来てくれるようにと、くり返し書いてあった。どこのなに者ともわからないが、よその娘にみそめられる、などという機会があったとは思えない。考えてみても、弥十郎にはそんな記憶はないし、書いてあることもあまりに古風であり、型にはまりすぎていた。「ふん」と弥十郎は呟いた、「ひまなやつがいるものだ」
二
吉村は九百五十石あまりの中老で、父の伊与二郎は五十八歳になり、槍組と鉄炮組を預かっていた。母のさと女は松沢氏の出で、良人より十二歳も下の四十六である。弥十郎の下に小三郎という弟と、みはるという妹がいたが、弟は母の実家の松沢へ養子にゆき、妹は去年十六歳で小島靱負にとついだ。松沢は八百石ばかりの寄合番頭で、長男が三年まえに急逝したため、小三郎が養子にはいったのであった。