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TORENDIA

勢力の中心を議会に移すべし

本文約8,200字 ・ 読了時間 約17分

あらすじ(AIが作成しました)

国家における勢力の中心は、歴史的変遷を経て封建的な武力から政治家へ、そして憲法制定以後は帝国議会へと移るべきものである。しかし、維新後の薩長閥族などの旧勢力が形骸として残り、議会と対峙することで国家の政治的中心が不明確になっている。この状況を打破するため、国民が政治的に訓練され、意思を議会に集中させて新たな指導体制を確立し、立憲政治の実を挙げることの必要性を説く論考である。

大隈重信

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〔国家における勢力の中心の移動〕  およそ国家は如何なる時代にも、勢力の中心が必要である。この勢力の中心が適当の地位を保ち、最も適当な所にあれば、必ず国家は盛んになる。専制時代、封建時代を問わず、この勢力の中心にして必ず適当の地位を占め適当の処に在るならば、国家は健全に発達するに相違ない。これを失えば、なんらか国家に異状を呈し、すべての方面に害を及ぼす。ここに於てか、更に改革が起って再び勢力の中心を元の位置に返す事をする。するとまた国家は盛んになる。即ち、国運はその中心の勢力の移動によって変ずるものである。

この原則からして、大政維新前後よりの我が国家の中心の移動を察するに、ちょうど幕府の末路、即ち封建の末路に当っては、勢力の中心が適当なる地位を離れ、高い処から次第に卑き地位に移り、ついに中心を失ってしまった。幕府が中心の勢力を失えば、諸侯もこれを失う。この時に国難に遭遇したんである。そしてほとんど国家は勢力の中心を失ったんである。即ち尊王攘夷の大運動となって、中心の大移動を生じたんである。かくして、その中心を失った幕府が亡ぶると共に、諸侯もまた支えずして亡び、次いで新たに起ったのがいわゆる大政維新である。この時に起った中心は、即ち世間で普通にいう薩長である様だけれども、その実、封建はすでに大政維新と共に廃滅したのであるから、独り薩長というが如き一、二雄藩の勢力の残存すべきでない。勢力の中心はさる薩長というが如き空のものに存するのでなくて、実際は薩長の武力そのものに帰したのである。維新の際に於ける内乱を平定したその武力に、勢力が集ったんである。が、それほどの大乱があったでもない。伏見、鳥羽の戦争、それから奥羽の戦争くらいで、世は平和となったんである。それから如何かというに、多少内乱を惹起したが、ついに西南戦争に於て終りを告げた。武力によって中心となるという如き事が長く続けば、その国家は健康のものでなくて、必ず再び乱るる事となる。幸いに、それも西南戦争に於て終りを告げて、勢力の中心は政治家に移った。

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