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TORENDIA

運動

本文約1,500字 ・ 読了時間 約3分

あらすじ(AIが作成しました)

大隈重信は、自身の実体験や健康法を交えながら、人間の生存と成長において運動がいかに不可欠であるかを論じる。米国野球選手と比較した日本人の体格の弱さを憂い、身体の強健こそが人生や社会での成功の鍵であると説く。学問への過度な没頭が招く弊害を指摘しつつ、青年から紳士までが各々の適した活動に励むことを推奨する。身体の強健と精力の優越こそが、将来的に大きな成果を収めるための基盤になると主張する。

大隈重信

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始球式の投手  我輩は運動が大好きである。好きなばかりでは無い。人間には必要欠くべからざるものであると信ずる。であるから、この間遣って来た米国野球商売人の始球式には、我輩も大いに進んで球を投って遣った次第である、華盛頓の学生といい、リーチ・オール・アメリカンといい、その技倆はとにかく、実に立派な体格を有しておった。それと並んでみると日本人は実に小さい。身体は小さくとも仕方は無いが、その弱々しい有様は如何にも残念である。これを発達せしむるには是非運動を盛んにせなければならぬ。我輩は真面目に百二十五歳生きるといっているが、その養生法としてはあらゆる欲情の節制もあろうが、運動をするという事はその中の重なる一つである。我輩は毎朝時を定めて庭内を散歩する。この散歩は他人にありては必ずしも運動では無いかも知れぬが、我輩には唯一の運動である。なにも運動だからといって、ベースボールやテニスを遣る必要は無い。その人の身体及び趣好に適した運動を遣れば好いのである。

大事を為す人  我輩はもう既に天保時代の老人である。老人であるが運動は大好きだ。老人が好きなくらいだから、現今の青年は益々これを好むべきはずである。然るに何事ぞ、現今の青年は実に意気地が無い。少し失敗すれば直ぐに浅間だ、華厳だという。これは畢竟身体が弱く、神経ばかり鋭敏になるからである。見給え、維新以来我輩等の友人にて大事を成したものは、皆その当時乱暴者と称せらるる手合で、一室に閉じ籠って学問ばかりしておった者は、実際何の役にも立たなかった。これはあるいは時代の異なったためでもあろうが、また一方身体に注意を払わなかったために、失敗をしたものと見て差支えは無い。

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