1
宮城貿易商社々長、宮城圭助は、客の商談を熱心に聴いている顔をしながら、映画の二重写しのような感じで、まったく別のことを考えていた。
何ヵ月もつづいて同じ場所を夢見ることがある。きょうもまた、あすこへ行くんだなと思うと、きっと、その同じ陰欝な、しかしふしぎな魅力のある場所へ来ている。何か怖いものが待ちかまえているような気がするけれども、それが出てくるわけではない。そして、どんな現実の場所よりも懐かしい。まるで母の胎内のように懐かしい。
宮城圭助は、そういう懐かしい夢と同じものを人為的に作っていた。きょうはその夢の国に遊ぶ日であった。夢の国には「畸形の天女」がいる。彼女との逢う瀬を思うと、矢も盾もたまらない。四十五歳の商社々長の彼が、青年のように、矢も盾もたまらなかった。
歯の質が弱いということは、その人間の犯罪的性格と何か因果関係があるのだろうか。宮城圭助は、いつもそれを考えた。彼が自由気儘な夢の世界を作り出すことができるのは、彼の歯が、手におえない虫歯だったからだ。そして、数年前から、総入れ歯になっていたからだ。
客は、額に青筋を立てて、弁じつづけていたが、やっと話しおわると、
「そういうわけです。一つ好意あるご考慮を願いたい。僕の方では、社の浮沈に関する問題ですからね」
と、宮城社長に哀願の眼を向けた。
「わかりました。できるだけ、ご希望に添うように考えてみます。よく相談して、二、三日うちに、こちらから、お電話しますから」
立ちあがって、客を見送る用意をした。客はちょっと失望の色を見せたが、丁寧に挨拶して、もう一度哀願の目遣いをして、社長室を出て行った。
宮城圭助は、それを見送ると、今の商談をまったく忘れ去ることにきめた。すべてを記憶していたのでは仕事ができない。覚えておくことと、忘れてしまうことを機敏に判断して区別けするのが、彼の商売上の習慣であった。