早稲田大学
本文約37,300字 ・ 読了時間 約75分
あらすじ(AIが作成しました)
新秋の早稲田大学を訪れた著者は、校庭で繰り広げられる学生たちの政治的な集会を目の当たりにし、かつての記憶とは異なる陰鬱な空気に衝撃を受ける。物語は、大隈重信の足跡を辿りながら、東京専門学校の創立期から、条約改正問題、そして来島恒喜による爆弾テロと大隈の片足切断に至る激動の歴史を追う。青春の熱気と政治の足音が交錯する学園の変遷と、時代を切り拓いた指導者の姿を描き出す。
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新秋の一日、――私は大隈会館の庭園の中を歩いていた。午後の空が曇っているせいか、手入れの行きとどいた庭園でありながら、何となく荒廃したかんじが視野の中にあふれている。昔は樹立のふかい、雅趣のゆたかな庭であった。時代とともに錆びついた色彩が、チラチラと記憶の底からよみがえってくるだけに、今はあとかたもなく変りはてた、がらんどうの広場をゆびさしながら、此処が昔は落葉に埋もれたほそい道で、老侯爵は毎日必ず食後の散歩をされるのが習慣になっていました、――と、自信にみちた調子で語りつづけるN氏の声から、私は何の印象をさぐりあてることもできなかった。
戦災で焼け落ちたあとに、「大隈会館」と呼ばれている、あたらしくつくられた集会所式の建築が、私の記憶の中に残る古色蒼然たる庭園の風致と調和していないためでもあった。
昔は底の知れぬほど宏大であると思った庭が、これほど小じんまりとした寸の詰った地域に限られていることにさえ私は先ず驚愕の眼を瞠った。まだ季節は九月も半ばをすぎたばかりで風のつよい日であったが残暑はしっとりと大気の底にねばりついている。雲は低く垂れさがってはいたけれども、しかし新秋の爽かさは、ときどき、しいんと身うちに迫るようであった。庭園の周囲にあった杉の並木も、ことごとく戦災のために枯れつくして、昔ながらの形をとどめている樹木なぞは一本も残ってはいないというのだから、荒廃のかぎりをつくしたものらしい。その焼あとの中から、これだけの原形をさぐりだすことさえ容易な仕事ではなかったかも知れぬ。