赤い駱駝
本文約11,800字 ・ 読了時間 約24分
あらすじ(AIが作成しました)
軍人としての適性を欠きながらも、懸命に模範的な将校であろうと努める二見少尉。その不自然なほど硬い挙止と、張りつめた神経は周囲の笑いものとなっていた。戦争が終わるという激動の報せに接し、突如として訪れた解放感と自由は、二見の精神に決定的な衝撃をもたらす。長年軍隊の規律に縛られてきた彼が、新しい空気を受け入れられず、追い詰められた末の孤独な姿を描く。遺された手帳に記された「赤い駱駝」という言葉が、二見の消えない記憶を象徴する。
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まだ部隊にいた時分、潜水艦勤務を五年もやったという古参の特務中尉がいて、それがおれたちにときどき話を聞かせてくれたが、そのなかでこんな話が今でも深く頭にのこっている。それは長時間海の底にもぐっていて、いよいよ浮上しようとする時の話なんだ。なにしろ潜水艦というふねは、水にもぐっている関係上、空気の補給がぜんぜん絶たれているだろう。空気はよごれ放題によごれ、吸ってもはいてもねとねとと息苦しいだけで、みんな顔には出さないけれども、死にかかった金魚のように、新らしい空気にかつえているわけさ。だから浮上ということになると、皆わくわくしてフタのあく一瞬を待っている。海水を押しわけて、ぐっと浮上する。フタがぱっと開かれると、潮の香をふくんだ新鮮な空気が、さあっと降るようにハッチから流れこんでくるのだ。その時の話なんだが。
「ぐっと吸いこんで、どんなにか美味いだろうと思うだろ。ところがそうじゃないんだ。吸いこんだとたんに、げっと嘔気がこみあげて、油汗が流れるぞ。そりゃ手荒くいやな気持だぜ。てんで咽喉が新しい空気をうけつけないんだ。一分間ぐらいそれが続く。やっと咽喉や肺が慣れて、それからほんとに、空気というやつは美味いなあ、と判ってくるんだ。こいつはやはり経験した者じゃなければ、この味は判らないだろ」