TRENDIA CLASSIC

一人ぼっちのプレゼント

山川方夫

1 / 11

ホテルは海に面していた。といっても、ホテルと海との間には、まず幅のある舗装道路があり、それから海岸公園のわずかばかりの緑地帯がある。海はその向うに、白や淡緑色の瀟洒な外国汽船や、無数の平べたい艀や港の塵芥やを浮かべながら、濃い藍色の膚をゆっくりと上下していた。

ホテルの隣りには小さな花屋がある。おそい秋の午後の、重みのない透明な光が、色とりどりの切花や鉢植えの花を輝かせて、そこにだけ鮮やかな色彩が乱れている。

その入口から、まだ若い夫婦らしい二人づれが出てきた。薄いウール地の和服の女は、眩しそうに掌で眉の上に廂をつくり、ワイシャツにセーター、ズボンの男のほうは、所在なげにホテルの部屋鍵を指で廻している。二人はぶらぶらと歩いて行き、まるで立止ったり向きを変えるのが面倒なためのように、そのまま舗道を横断して、海岸公園に入った。

女は顔をしかめた。手を頬にあてる。

「雨かと思ったら、繁吹が風で飛んでくるのね。痛いわ」

男は答えずにベンチに近づく、海が、その足もとに轟音をたたきつける。

「海なんて大きらい」と、女がいった。

男はベンチで脚を組んだ。ポケットからハンカチを出し、眼鏡を拭きはじめる。

「私はね、海のそばにいると、くたくたに疲れちゃうの」

「だから、今夜帰ろう。目白の家に」

「でも私、海のそばを離れたくもないの」

女もベンチに坐った。男は煙草を出し、手でかこって苦心してライターで火をともした。

手伝うでもなく、女はそれを見ている。

「いつまでも母に留守番をさせとくわけにもいかないしな」と、男はいった。

「お母さま、いい方ね。私好きよ」

「母も君のこと、すごく心配している」

「弘はお母さまに似てたわ」

「弘のことはいわない約束だぜ」

「あ。ごめんなさい」

男は深呼吸のように腕をのばし、ベンチの背にもたれた。

「ぼく、やっぱり明日から店に出るよ。本店のほうに行ってみよう」

「あなたって、偉いのね」

「そうじゃないよ」と男はいった。「仕事に、逃げるっていう意味もあるさ」

「偉いわ、あなた」と、また女はいった。「私、男に生まれてこなくってよかった」

山川方夫の他の作品