弓と鉄砲
本文約580字 ・ 読了時間 約2分
あらすじ(AIが作成しました)
弓と鉄砲の比較から始まり、火薬、爆薬、そして原子核内のエネルギーが兵器に転用される可能性について論じる。火薬から爆薬へと発展したエネルギーの源泉が分子から原子核へと移る過程を指摘し、原子核崩壊の研究が国防に及ぼす影響を考察する。また、最先端の物理学研究には多大な時間と経済的な投資が必要不可欠であることを示し、研究が社会にもたらす重大な意義と課題を綴る。
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弓と鉄砲との戦争では鉄砲が勝つだろう。ところで現代の火器を丁度鉄砲に対する弓くらいの価値に貶してしまうような次の時代の兵器が想像出来るだろうか。
火薬は化合し易い数種の薬品の混合で、その勢力は分子の結合の際出て来るものである。その進歩が行き詰って爆薬の出現となったのであるが、爆薬の方は不安定な化合物の爆発的分解によるもので、勢力の源を分子内に求めている。もちろん爆薬の方が火薬よりもずっと猛威を逞うする。この順序で行けば、次にこれらと比較にならぬくらいの恐ろしい勢力の源は原子内に求めることになるであろう。
原子の蔵する勢力は殆んど全部原子核の中にあって、最近の物理学は原子核崩壊の研究にその主流が向いている。原子核内の勢力が兵器に利用される日が来ない方が人類のためには望ましいのであるが、もし或る一国でそれが実現されたら、それこそ弓と鉄砲どころの騒ぎではなくなるだろう。
そういう意味で、現代物理学の最尖端を行く原子論方面の研究は、国防に関連ある研究所でも一応の関心を持っていて良いであろう。しかしこの研究には捨て金が大分要ることは知っておく必要がある。ケンブリッジのキャベンディシュ研究所だけでも六十人ばかりの一流の物理学者が、過去十年間精神力と経済力とを捨て石として注ぎ込んで、ようやく曙光を得たのであるということくらいは覚悟しておく必要がある。(昭和十二年十一月)
完