TRENDIA CLASSIC

ロンリー・マン

山川方夫

1 / 3

私は汗を拭いた。いくら拭いても汗がながれてくる。部屋はひどくむし暑かった。

電灯がぼんやりと意識の隅で光っていた。

私は放心にちかい状態にいたのだったかもしれない。脚だけが小止みなく動いていた。目は絨毯だけをみつめ、だが、私はそこに何の考えも眺めていたのではなかった。……私は、せまい部屋の中を、さっきから歩きつづけていたのだ。

せまいとはいっても、ここは私の城だ。ポケットの上から部屋の鍵をたたいて、なんとなく私は心が落着くような気がした。

扉と窓さえちゃんと閉めておけば、厚い壁にさえぎられて、このアパートは隣りの物音ひとつ、声ひとつとどいてはこない。

だから、私はこの部屋はとても気に入っているのだ。うるさいところでは、仕事なんかできない。仕事をするのに、そうぞうしさは禁物だ。そいつだけは、どうしたっておれは許すことができない……

急に、私は自分がひどく疲れているのに気づいた。喉がかわいていた。

妻はベッドにいた。私は台所に行き、水を飲んだ。それから、机の抽出しをあけ、チョコレートを出してかじった。ベッドに腰をかけた。

――そうだ、君だけがおれの友だちだ。銀紙のめくれたチョコレートの板をみつめて、私はいった。ふと、自分のその声が、私を現実につれもどした。

――いけねえ! 私は舌を出した。忘れていた。どうしてそいつを忘れていたんだろう。いや、忘れることができていたんだろう。

手帖をみるまでもなかった。O氏がこのアパートにやってくるのは、明日の午前十時だった。O氏の、眼鏡の下でよく光る意地のわるそうな目がうかんでくる。私は、どうしても、それまでにそいつを片づけてしまわねばならないのだ。……ああ。

時間は今夜だけしかない。でも焦ってはならないのだ。よし、まず考えよう。

習慣どおり、私はベッドに仰向けに横になった。サイドテーブルに四枚のチョコレートと灰皿とを置く。アイデアはいつもこうして思いつくので、近ごろでは、こういう姿勢にならないと考えがまとめられない。

妻のからだが邪魔になった。が、私は我慢して天井を穴のあくほどみつめた。チョコレートと煙草を、交互に口にはこぶ。

山川方夫の他の作品