私は顔をあげた。やはり彼女だった。
窓ごしに彼女の眼が、哀願するように私をみつめている。
開けてくれというのだ。
黒い窓に、彼女は音をたてる。しだいに強く、執拗に、その音がつづいている。
彼女は身もだえをし、全身で私に合図している。
……だが、私には彼女を部屋に入れてやる気は毛頭ない。だんじてない。そんなことをしたら、かえって面倒なことになってしまうだけだ。
この深夜、ここまで単身でやってくるというのは、彼女にしたらたしかにたいへんな決意だっただろう。それはわかる。恐怖も躊躇もかなぐり捨て、彼女はむきだしの本能そのものに化し、ただ闇雲にそれに忠実になることに自分を賭け、夢中でここまでたどりついたのに違いないのだ。いずれにせよ、よっぽどのことだったとはわかる。……でも、それはいわば彼女の勝手、彼女のエゴイズムだ。私の知ったことではない。
私は目をつぶった。私には、彼女を徹底的に拒絶しぬくほかはないのだ。
明日、私はこの窓の下、硬いコンクリートの上に、冷たくなった彼女の死骸をみつけるだろう。
もはや動かないその彼女に、勤勉な真黒い昆虫たちが蝟集している。……かわいそうに、と私は口の中でいった。が、それも止むをえないことだ。彼女の美しさに驚嘆したのは、すでに遠い過去のことだ。私にとり、彼女はもう、ただうるさいだけの存在にすぎない。私には、彼女を見ごろしにすることしかできない。
非情といわれ、冷血とののしられてもいいのだ。仕方がない。私には私の世界がある。私は、それを彼女なんかにかきみだされたくはないのだ。
……彼女は知らないのだ。孤独な夜をのがれ、闇の寂寥から脱れようと、彼女が心おどらせてやっとたどりついたこの窓こそ、じつはもう一つのけっして終ることのない彼女の夜、永遠の彼女の闇につづく扉なのだ。――そこに、この私がいるかぎりは。
いい加減に、彼女はそれに気づくべきだ。彼女は、相手の選択をあやまった、というべきだろう。
――突然、彼は頬を打たれた。
びっくりして、彼は机から振りかえった。バス・タオルを胸に巻きつけた女が、唇をわななかせて彼を睨んでいる。
「いい気なひと! 呆れかえるわ」